昭和37年ブログ

昭和37年生の、昭和37年生による、昭和37年生のためのブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

37生の年の瀬(クリスマス)

はい、今年もおしせまってまいりました。
世間もなんとなく慌ただしくなる年の瀬です。
あまり時節のご挨拶などしない当ブログですが、気がつけば開設以来一年近くがたちます。時に更新の滞ることもあるかと思いますが、ひとつ長い目で、今後ともよろしくお願いいたします。

さて、そんな神妙な書き出しも、実はネタ振りでして、
今回のテーマは年の瀬。
年末のにぎわいや、師走の過ごし方も、37生の時代はひと味違いましたよね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まず12月といえば、クリスマスでしょう。

なにしろ毎年12月24日にはいやでも学校が終わるわけです。
で、最後の給食には小振りのケーキが付いたりしたこともありましたね。(今でも覚えているところを見ると、よほど衝撃的だったんだろうなぁ)
野に放たれた37生の前には、クリスマスソングの流れる師走の街が・・・

まぁしかしこれは、37生がだいぶ大きくなってからの話で、
昭和40年代のクリスマスは、まだまだ今のようなしっくり感がないというか、所詮アーメン様のお祭りというか、なんか日本人の血肉になり切れていない部分も多かったように思います。

だいたい37生の子供の頃は、ようやくと「家庭でクリスマスパーティーをやる」というイベントを、おそるおそる始めた時期なんですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何事も最初にやる時は力が入るものです。
あの頃はクリスマスツリーを飾ったら、部屋中にモールを張りつめ、モールがない家では、折り紙で鎖を作ったりして・・・・。
でも、オーナメントの数も少ないから、わけもわからず、折り鶴が下がってたりしましたね。
なんだか、小学校の「お楽しみ会」のノリです。。

がんばってクリスマスソングをかけちゃた家も多いのでは?
まだ山下達郎もワムもマライア・キャリーもいませんから、定番は「ホワイトクリスマス」とか「ママがサンタにキスをした」とか「そり遊び」とか・・・
ポータブルプレーヤーに、LPレコードですよ、時々針が飛んだりしてね。

クリスマスケーキは今と違って、ケーキ屋さんというものが一般的ではありませんでしたから、だいたいがお菓子屋で買うものでした。
例の「ケーキ屋ケンちゃん」は47/'72年放送ですが、この時ですら、「ケーキ屋なんてあるんだろうか?」というのが、一般の37生の感想なのではないでしょうか?



ケンちゃんは36年生まれ。同世代なのですよね


もちろんこの頃のケーキは、バタークリームで、大中小のホール買いが基本ですね。
で、ケーキの上には、まだイチゴなんかは乗っていなくて、赤とか緑の怪しいゼリー状の粒(あれ何ていうんだろう?)と、ウエハースかなんかで作った家とか、チョコのサンタクロースとか、そんなものが乗ってました。
思うに、どっか工場から運んで来るから、日持ちのする材料で作っていたんでしょう。

で、これが美味かったかというと、美味かったはずはないんですが、それでも美味かった。

なにせケーキなんて、年にいっぺんこの日しか食べられないものだったんですから。
うちの親父なんか、毎年ケーキを前に、
「家は貧乏だから、クリスマスじゃなくて、クルシミマスだ」って演説してましたよ。
まったく・・・・・。

それから一応シャンパン(という名前のよくわからないジュース)も抜きます。
子供にとっては、なかなかおいしいものなのですが、後に本物のシャンパンというのは、実はけっこう高い酒なのだと知った時は、ショックだったなぁ。

で、この偽シャンパン、栓の飛び方だけは、本物顔負けなんですよね。
うちじゃあ「俺に任せろ」といった親父が蛍光灯を割りました。
だから・・・・・・・・・。

そうそう、最近あんまり見ませんが、お菓子を詰めた、長靴ってのもありましたよね。
あれ、欲しかったんですよ。
boots.jpg

4人兄弟でひとつだけ買ってもらった長靴は、恐ろしいほどの上げ底で、奥には何にも入ってなかったものです。

お菓子の単価を足し算して、「ふん、ほとんど長靴代だ」とふんぞり返っていたのは、
やっぱり親父・・・・・・・・・・・。

あんまり書いていると、父親に対するトラウマでいっぱいになりそうなので、今日はここまで
・・・・・(つづく)・・・・・
スポンサーサイト

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/12/16(土) 12:54:23|
  2. 37生の毎日
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7
<<37生の年の瀬(大晦日) | ホーム | 昭和のヘンな外人列伝>>

コメント

クリスマス~

うちのクリスマスの定番プレゼントは・・

上げ底の長靴に、好きなお菓子が入っていました!
長靴は、何年も使いまわし~
普段は、押し入れにしまってありました。
3年もすると・・ぼろぼろになっていて、最後は弟が遊んではいて、壊してしまいました。

その後我が家の、クリスマスプレゼントがどうなったか?記憶にありません!

「クルシミマス~」うちの場合・・母が良く言っていましたね~
父は、西洋かぶれが大嫌いな、日本男児!?でしたので・・
レコードをかけてクリスマスを祝う、そんな洒落たパーティーは、縁のない家でした。
父は、どんな時も、ステテコ履いて、日本酒飲んでいましたもの~

ケーキはいつも・・アイスケーキでした。

オールウェイズ三丁目の夕日で、一つだけ疑問に思ったのは、
あの当時から・・サンタクロースがプレゼントを持ってきてくれるっていう
サンタ伝説~始まってまっていたのでしょうか~?



ケーキ屋けんちゃん・・懐かしいですね~
ケーキ屋っていう環境が、羨ましかったです・・
主題歌が、♪シュークリームはね、蓋ですくって食べるんだ、だけど無理しちゃいけないよ・・
のどにつかえて、くっくっくっ・・てな事になるからね♪
そんな歌詞でしたね

学校で話題になりましたよ~
「シュークリームってふたですくって食べるんだ!?知ってた?」って・・
シュークリームなんて滅多にたべられない時代・・
センセーショナルな話題でしたね~

でも・・くっくっくっ~ってなってもいいから~シュークリームが食べたい!!
切実に思ったものです!!





  1. URL |
  2. 2006/12/21(木) 19:16:15 |
  3. よっちゃん #-
  4. [ 編集]

いらっしゃいませ

>長靴は、何年も使いまわし~
普段は、押し入れにしまってありました。

うーん、あの靴を使い回したんですか。すごい物持ちの良さだ。
確かにあれ、履きました。ちっちゃいのに無理矢理足突っ込みました・・・・。

>あの当時から・・サンタクロースがプレゼントを持ってきてくれるっていう
サンタ伝説~始まってまっていたのでしょうか~?

昔の子供って、サンタなんて信じてなかったですよねぇ。ちゃんと親とプレゼント交渉したもんねぇ。

>蓋ですくって食べるんだ

シュークリームのふたって、シューの上半分のことですよね?っていまだによくわからないわたしでした。
  1. URL |
  2. 2006/12/22(金) 10:00:13 |
  3. ひこてる #vTTYl63Y
  4. [ 編集]

木琴の箱

給食がわりのクリスマスケーキ、終業式で工作とか、上靴とか、木琴とか(当時小学校の全員が買う楽器は、ハーモニカとリコーダーと木琴じゃなかったですか?今はピアニカとリコーダーですけど。厚い、厚いダンボールのかったい箱に入った木琴、持ち運びは拷問だった。)持って帰らねばならないので、くずさないように必死で持ってかえりました。
どぎついピンクのバラとかついてましたよね、ゼリーみたいってのはたぶんドレンチェリー、サクランボのシロップ漬け、でも糖分はチクロで、色は毒々しい食紅の赤と黄緑。ファンタグレープの色も当時のはすごかった。
いまだに、あのバタークリーム食べたくなります。あの小ささだから大丈夫だったんでしょうね・・・。
あと肝油ドロップとかたのんだのがくるのが、だいたい学期末じゃなかったですか?。「捨てるところがない鯨」というポスターと肝油ドロップ・・・・オーストラリアの自然保護団体に薬品ビンなげられそうです。でも肝油ドロップ好きだった。

6歳の時、リカちゃん発売・・・、「来年小学生やのに、人形ほしいん?」といわれ、買ってもらえないのかと思ったら、買ってもらえたクリスマス嬉しかったです。持っていたスカーレットちゃんは大人の顔でドレスもアメさんぽかったから、子どもの顔で背もちっちゃいリカちゃんうれしかったです。
  1. URL |
  2. 2008/03/15(土) 22:27:25 |
  3. ロビン #-
  4. [ 編集]

そうそう、学期末には持ち帰りの品々がてんこもりでしたね。
一番のお持ち帰り品は・・・・そりゃ通知表ですが。
肝油ドロップ。
何であれを学校で斡旋するのか、長らく謎でした。
わたしは経験ないのですが、もっと昔は、あれを毎日給食の時に配っていたらしいですね。
で、長期休業のときは、家で飲めるように販売していたという。
ちょっと年長者から話を聞いてすっきりしました。
  1. URL |
  2. 2008/03/17(月) 09:08:29 |
  3. ひこてる #vTTYl63Y
  4. [ 編集]

クリスマスで想い出すのは巨人の星のクリスマスシーンです(プライベートな思い出じゃないとこが、なんか悲しい家の子チックですが、普通の家庭環境でしたヨ。*よけい墓穴掘った感アリ)
で、悲し過ぎるわけです.飛雄馬のクリスマス。
ライバルたちに「今日ははじけようぜ!」と招待状を送り、大ハリキリでマンションを綺麗に飾り付け、三角帽子にひげメガネで椅子に座って準備万端なわけですよ。でも誰も来ない。
おかしいナ~と不安になる飛雄馬にライバルたちから行けませんとの連絡が。花形にいたっては「こんなことをするなんて君らしくない、がっかりだワ」みたいなのを速達で送りつけるわけです。シャンパン、チキンをブチ投げ荒れまくる飛雄馬・・・・・
私のクリスマス観はこのシーンで決定され以後、家族、友達、TVどんなパーティでもうすら寒い感しかしない体になってしまいました。ほんと恐ろしいシーンでした。、



  1. URL |
  2. 2008/06/09(月) 21:09:00 |
  3. アーム筆入れ #-
  4. [ 編集]

アーム筆入れさま
最後に明子姉ちゃんから、行けないという電報で締めでしたね。
飛雄馬かわいそう
  1. URL |
  2. 2008/06/14(土) 23:07:11 |
  3. ひこてる #vTTYl63Y
  4. [ 編集]

ケンちゃんは同級生でした

実際の宮脇やすゆきさんは一学年上なのですが、ケンちゃんシリーズのケンちゃんはいつも同級生でしたね。確か、「すし屋の~」、「ケーキ屋~」、「おもちゃ屋~」、「カレー屋~」あたりまで見た記憶があります。家の商売が変わるのとケンちゃんの学年が上がるだけで、登場人物はほぼ同じでしたね。
  1. URL |
  2. 2012/05/07(月) 16:30:45 |
  3. 散歩人 #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://1962.blog45.fc2.com/tb.php/86-5fd57371
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

管理人

ひこてる

ひこてる

昭和37年4月25日生まれ

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

名作シネマ





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。