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昭和37年ブログ

昭和37年生の、昭和37年生による、昭和37年生のためのブログ

ローラーゲームと東京ボンバーズ

ローラーゲームとは何か?
子供の日のわたしは、ある時テレビで衝撃的なCMにであいます。
曰く「殴る!蹴る!つぶす!話題スポーツ、ローラーゲーム!!」
殴ったり、蹴ったりしている時点でスポーツじゃない気もするんだけれど、とにかくそんな過激なコピーでした。

やがて、カルトな番組を数多く放送してきた「東京12チャンネル」(現テレビ東京)で、「日米対抗ローラーゲーム」という番組が始まります。
47/'72年、4年生の時、毎週月曜日でした。(司会は土居まさる)
ちなみに当時の番組表を見てみると、

6:00マンガ大作戦 
6:15カバトット 
6:27キッド・ボックス
6:45マンガのくに
7:00きんきんケロンパ歌謡曲 
8:00日米対抗ローラーゲーム
9:00プレイガール
10:00外科医ギャノン

というラインナップです。(いや、本題に関係ないけど、むちゃくちゃ懐かしかったもので・・・)

さて、このスポーツ、1930年代のアメリカ生まれで、70年になってようやく日本に入ってきたものでした。
アイススケートのショートトラックくらいのリンクで、1チーム5人ずつ、2チームに別れて戦うもので、1分間に、攻撃側のジャマーというポジションの選手が、相手側の選手を何人抜けるかで、得点を争います。
当然、防御側は抜かれないように邪魔するわけで、そのせめぎ合いで「殴る、蹴る」になるのですね。

で日米対抗というからには、アメリカから、敵役のチームが乗り込んでくるのです。
「ニューヨーク・チーフス」「デトロイト・デビルス」「ボルチモア・キャッツ」なんてね。
一方迎え撃つのが「東京ボンバーズ」です。佐々木ヨーコとか小泉博なんて選手がいましたな。
これらのチームが、毎週格闘技まがいのゲームを見せていたわけで、ほとんど力道山vsシャープ兄弟の世界です。

しかもこの番組に触発されて、日本の子供の間では、一躍ローラースケートブームが巻き起こりるのですねぇ。
今の子供にローラースケートというと笑われるそうですが(インラインスケートというらしい)、あの頃はまだ靴の上に履くタイプ、自動車のような4輪のタイヤで、ガチャガチャ滑っていたものです。
当時はヘルメットも肘当てもなかったのに、コンクリートの上で、果敢にコーナーを責めてましたね。昔の子供は逞しかった。
その後も、未来世界を舞台にした「ローラーボール」なんていう映画が作られ(50/'75年)、日本のチームとして「ボンバーズ」が出演したりしていました。

しかし流行りものの常で、ブームはあっという間に過ぎ去り、76年には番組も終了、それとともに「ボンバーズ」も解散してしまいます。
本場アメリカでも、衰退していますが(市場調査をしたら、このスポーツのファンが、貧乏人ばかりだということが判明し、スポンサーが離れたのが原因だそうだ。資本主義恐るべし)、根強いファンは今でも各地に残っているそうです。

あの、すぐねじが緩んでしまう、下駄のようなローラースケートは、しまい込まれ、やがて忘れられてしまいます。
けれど世代的に、ローラースケートの上手い下手を問うならば、40代前半は間違いなく、日本人の中で一番上手に滑る年代なのです。
・・・・・(終わり)・・・・・
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テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/02/24(金) 09:17:14|
  2. 流行り・遊び編
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:22
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コメント

はじめまして。
「ローラーゲーム」と「東京ボンバーズ」の情報を求めてさまよって辿り着きました。そうでした!「ローラーボール」にも出演してたんですよね。ヒール役みたいなので。懐かしい~。ちょくちょく遊びに寄らせていただきますね。
  1. URL |
  2. 2006/08/04(金) 21:49:24 |
  3. curious mama #d18e7HA.
  4. [ 編集]

いらっしゃいませ。「ローラーボール」大人になってから見直したら、恐ろしくトホホな映画でした。
なんとローラーゲームとかボンバーズっていうのは、このブログの検索WordのNO1なんですよ。みんな気になってるんだなぁ。
  1. URL |
  2. 2006/08/04(金) 21:57:37 |
  3. ひこてる #vTTYl63Y
  4. [ 編集]

ローラーボールに東京ボンバーズは出ていません。

 確かに出演のオファーがあったのですが、危険すぎるとの事で出演は見送られています。替わりに、一目で日本人でないと判るアジア人がトーキョーチームを構成していました。でも、そんなマイナス面を差し引いても、1975年製作のローラーボールは、世界一の名画だと思います。
  1. URL |
  2. 2007/05/15(火) 17:26:08 |
  3. CHANG CHANG #-
  4. [ 編集]

CHANG CHANG様、貴重な情報をいただきまして感謝いたします。
それなりに調べて書いてはいるのですが、基本は記憶なもので・・・。
ありがとうございました。
  1. URL |
  2. 2007/05/15(火) 18:30:44 |
  3. ひこてる #vTTYl63Y
  4. [ 編集]

懐かしのボンバーズ

初めまして、私は昭和37年10月22日、東京都渋谷区出身の男性です。
「日米対抗ローラーゲーム」を見始めたのは少し遅く、小学5年生。元々プロレスファンだったので、あの手のものは大好き!友達とよく「ローラーゲームごっこ」をしました。ボンバーズの男子メンバーだけ覚えています。土居まさる氏の実況で、「1番ラルフ・バラディアス、2番リッキー遠藤、3番川島ツギオ、4番ボビー加藤、5番河野カズオ、6番ミッキー角田(キャプテン)7番小泉博!」と紹介されてましたね。
ではまた!
  1. URL |
  2. 2007/09/23(日) 19:03:07 |
  3. rhiltonw-tms #Lm6S65hA
  4. [ 編集]

またひとり37生仲間が

こんにちは、いらっしゃい。
メンバーをちゃんと記憶しているなんて、すごいですねぇ。
そうそうプロレスも盛り上がってましたね。
また情報寄せて下さい。
  1. URL |
  2. 2007/09/23(日) 20:38:01 |
  3. ひこてる #vTTYl63Y
  4. [ 編集]

ローラーゲーム、選手あれこれ

早速のレス、ありがとうございます。
何卒宜しくお願いします。私にとって、小学生時代は5年生前後が一番思い出深いような。オリンピック(ミュンヘン、札幌)、プロレスでは、馬場、猪木の独立と、両雄の対決論争の盛り上がり、そして「ローラーゲーム」ですね。では、ボンバーズの選手に関する情報を!

ラルフ・バラディアス:ボンバーズの兄貴分「ロサンゼルス・サンダーバード」から指導者的立場(助っ人?)としてやって来た往年の名選手で、チーフスの悪党マネージャー、インディアン・パーカーことジョン・パーカーも同時代の花形選手だったそうです。

この大ベテランのバラディアス、ボンバーズの司令塔という趣きでしたが、たまにジャマ-も担当。しかし、必ず先陣争いで相手のボディアタックで転倒。すると土居まさる氏が「おっと!これは上手な手から水が漏れましたね!」と言うのがお約束でした。

リッキー遠藤:「かぐや姫の南こうせつに似ている!」と土居氏が必ず言うのがお約束。

川島ツギオ:得意技が“月面宙返り”だったかな?ミッキー角田も時々やっていた気がしますが、味方が相手の選手を全員寝かせて押さえ込み、その上を空中一回転(背中から落ちるけど)で一気に飛び越えてしまい、得点する必殺技。
しかし、次に相手が真似しようとすると、寝かされたボンバーズの選手全員が足を上に高く突き上げ壁を作り、相手選手は怖くて飛べず、アメリカ人らしい「OH !NO !」のポーズのままタイムオーバーで得点出来ないというオチもありました。

ボビー・加藤:ハワイからやって来た男前の日系人(二世?三世?)で女性ファンが多かったような。日本語はほとんど出来なかったみたいで、土居氏から「ボービー元気?」といきなり聞かれて、「ゲ、ゲンキ!」と噛んでました。

河野カズオ:元力士(三段目)だがスリムな筋肉質系。相撲のぶつかり稽古で鍛えたという石頭での頭突き(ビンゴバット)が武器で、守りのかなめ。ビンゴバットはヘルメットの上からでも相手が吹っ飛ぶ凄さ。金太郎もブラジルもかなわない?

河野のもうひとつの得意技はレッグホイップ。片足で滑り、反対の足で味方をホイップする脚力の強さ、バランスの良さは本物!私はファンでした。

キャプテンのミッキー角田:テクニック、スピードはチーム随一?月面宙返りの他、牛若丸スケーティング、カニ足スケーティングなど、トリッキーな戦法で笑わせてくれました。

小泉博:ブームの後期?に登場したアイドル。板橋区にあったというトレーニングスクールから育った第1号?デビュー時は17才くらいだったような。土居氏が「速い」ことをさかんに強調していました。

長くなってしまいましたが、次回は米国チーム、選手の記憶を呼び戻してみます。m(_ _)m

  1. URL |
  2. 2007/09/23(日) 22:35:50 |
  3. rhiltonw-tms #Lm6S65hA
  4. [ 編集]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. |
  2. 2007/09/24(月) 09:18:58 |
  3. #
  4. [ 編集]

rhiltonw-tmsさま

ものすごい記憶力ですね
こりぁわたしの代わりにエントリー書いて欲しいくらいだわ^^

みんなで作る同世代のアーカイブという、ブログのコンセプトがかたちになった思いです。

追記
非公開コメントでボンバーズのメンバーの方の近況を寄せてもらいました。
お元気な様です。
  1. URL |
  2. 2007/09/25(火) 10:57:43 |
  3. ひこてる #vTTYl63Y
  4. [ 編集]

外国陣営あれこれ

前回の投稿、まるで自分のブログのように調子に乗って書いてしまい、まずかったかな?と反省していたのですが、ひこてる様のコンセプトに適合しているのでしたら幸いです。(^^;

メンバーの近況をご存知の方がおられるんですね。
いつか何らかの方法で教えていただきたいです。

ところで、Wikipediaを見ると外国チーム名がいくつか出ていますね。しかし、私はロサンゼルス・サンダーバードとニューヨークチーフス以外は覚えていないんです。カナダにも1チームあったと思います。土居氏が「カナダのチームでも日米対抗?」みたいな事言ってました。

今回は外国勢について記憶をたどります。

ロサンゼルス・サンダーバード:外国勢で唯一の正統派(土居氏が「正義の味方」と称していました)。東京ボンバーズと師弟関係で、ユニホームのデザインは同じでしたね。ボンバーズにバラディアスと金髪美女のコリーン・ミュレルを助っ人に出していました。

選手で記憶にあるのは男子のスーパースター、ロニー・レインズ(白人選手でハンサム)。ブームの後期頃?、仲間割れが原因とかいう設定?で何とボンバーズに電撃移籍を宣言(試合中だったかな)。これは驚きでした。今のメジャーリーグで言えば、ヤンキースのA-RODが巨人に移籍するような衝撃?

他にはビッグジョン・ジョンソン。筋骨逞しい黒人選手で、サンダーバードの守護神とういう感じ。身長188cm?、ボンバーズの守護神河野(182cm)より、一回り大きかった。

紳士的な選手でしたが、河野は彼にライバル心があったらしく、いきなりビンゴバットを繰り出したことがありました。しばらく額を押さえてこらえていたジョンソンでしたが、さすがにキレたようで猛烈な右フックを河野の顔面に一撃!河野が3mほど吹っ飛んでました(私にはリアルファイトに見えました)。

その他、チーム名、名前が不明でも、記憶に残る選手、マネージャーがいました。
明日、また投稿いたします。
  1. URL |
  2. 2007/09/25(火) 22:31:54 |
  3. rhiltonw-tms #Lm6S65hA
  4. [ 編集]

続外国勢あれこれ

こんばんは。
昨日に続き、外国勢についての記憶より、いくつかお話を。

ニューヨーク・チーフス:元祖ボンバーズ。チーム名を賭けて東京ボンバーズと争奪戦を行い敗戦したため、チーフスに改名したという設定。このエピソードは、TV放送中にも度々紹介され、両チームの対戦がいかにも遺恨試合であるという雰囲気を醸し出していた。まさにプロレスのベビーフェイスVS ヒールの世界!

チーフスのマネージャー、ジョン・パーカーは、インディアンの血を引いているとの触れ込みで、通称インディアン・パーカーと呼ばれ、黄色(だったかな)のタオルで相手選手の首を締め上げるなどの悪行三昧を繰り返す。
日本人のレフェリー宮本(宮本レフェリーではなく、なぜかレフェリー宮本)に見つかると、「退場!」となる。

ある試合で、パーカーが次々にボンバーズの選手をつき飛ばし、レフェリー宮本に激突させる。宮本は激怒してボンバーズの選手を退場(ペナルティボックス?)させてしまう。

最後に宿敵河野を標的にしたパーカーだが、気がついた河野がヒラリと避けると、パーカーは直接宮本を突き飛ばしてしまうという、期待通りの展開!

河野はまるで子供のような表情で「こいつ!こいつ!こいつがやった!」と大喜び!
因みに、このレフェリー宮本は言葉で喋らず、ホイッスルで喋る。それを土居氏が翻訳する。パーカーを指差し「ピピッピピッピー(お前、お前、お前!)」自分を指差し「ピッピピピピー(俺のこと突き飛ばしたろー!)」指を突き上げ「ピーッ!(たいじょ~っ!」
児島みゆき大喜びの巻!

また、チーフスの主力メンバーに、プレーボーイ・ミラーとよばれる金髪の白人選手がいて、いかにもそんな匂いプンプン。彼は長い黒髪をなびかせて滑る佐々木ヨーコにぞっこんで、試合の合間にキスをしようとヨーコにせまる。しかしいつもビンタで返り討ち、ミラーは頬を押さえて「OH!NO!」。

続きはまた! m(__)m
 

  1. URL |
  2. 2007/09/26(水) 22:10:56 |
  3. rhiltonw-tms #-
  4. [ 編集]

児島みゆき

いやぁ、ツボに入りました。いたなぁ、児島みゆき。

しかし、こうして見ると、今のWWEも真っ青な、エンターテーメント興行だったんですね。
勉強?になります。
  1. URL |
  2. 2007/09/27(木) 07:48:32 |
  3. ひこてる #vTTYl63Y
  4. [ 編集]

RE:児島みゆき

ご無沙汰いたしました。

児島みゆき、私は「元祖巨乳アイドル」と命名?しております。

世に出るきっかけは、東京12チャンネルの「ハレンチ学園(私は見てなかったけど)」でしたね。でも、それ以後は「エッチ路線」は皆無。巨乳(当時はボイン)と純情さとのアンバランスが売りで、近年の巨乳アイドルのように水着でグラビアを飾ることも、胸の谷間を強調するような服を着ることもなかった。

土居氏とのコンビで、「TVジョッキー日曜大行進」の司会もしてましたね。
同番組では「奇人変人コーナー」とともに出色だった「女子ボインちゃん大会」の時、必ず土居氏が「みゆきちゃんも、なかなかのもんですよね!」と言い、「イヤー、そんなことないですよ~!」と恥ずかしがるのがお約束。

今思えば、スポーツ?の実況席に女性アイドルを座らせ、「キャーキャー」言わせるという手法を、現在のKー1や総合格闘技の放送より35年も先立って取り入れていたわけですね。
東京12チャンネルもなかなかやるね!

「ボンバーズ」全盛期は、ローカル放送局としては破格の高視聴率(とは言っても5%程だったかな?)をあげ、番組が局から表彰を受けたと、解説のドクター宮本氏が言ってました。

ところで、そのドクター宮本氏、優しい語り口の紳士でしたが、最後まで正体不明でした。医者じゃなさそうだし、元選手とは思えないし、スポーツ評論家でもなさそうだし・・・・
土居氏は「レフェリー宮本と兄弟というウワサがあります!」とジョークをとばしていましたが、東京12チャンネルの関係者かもしれませんんね。

ではまた!
  1. URL |
  2. 2007/10/08(月) 18:53:40 |
  3. rhiltonw-tms #Lm6S65hA
  4. [ 編集]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. |
  2. 2007/10/08(月) 19:04:31 |
  3. #
  4. [ 編集]

お疲れさまです

なんかものすごく充実しました、このエントリー^^

東京12チャンネルで、画期的な視聴率を上げたのは、「ローラーゲーム」
「ハレンチ学園」そして「お宝なんでも鑑定団」なのだそうで・・・。
そのうちふたつにかかわった、児島みゆきはすごかったのかもしれないですね。
  1. URL |
  2. 2007/10/09(火) 09:58:46 |
  3. ひこてる #vTTYl63Y
  4. [ 編集]

少し憶えています

良く憶えている方がいるなぁと感心します。
解説の「ドクター宮本」さんを覚えているとは。(俺くらいだと思っていたのに)

さて、35年の私が覚えているのは、
・ジャマーは自分が好きなときに両手を腰に当てると攻撃時間が1分前でも終了する。
相手チームもジャマーが出ているとどちらにも点が入るので先に追い越したらすぐ腰に手を当てて相手には得点させないようにした。ちなみに時間さえ間に合えば2周差つければその分も点が入る。
・いろいろルールは変わったかもしれませんが、ジャマーはヘルメットをかぶり2人までOK。
二人のときはダブルジャマーとか言っていた。
・攻撃側は効率よく得点するため守備側を団子状態にするが、時々スタコラ作戦とか言って
守備側全員が猛スピードで逃げ回り、1周差をつけさせないでタイムアウトを狙うことがあった。
・確か試合はピリオドが女子・男子・女子・男子となっていたと思う。
・1度、東京ボンバースは男子の選手が怪我で(悪役選手やマネージャーなどにより)退場者が多くなりコースにでられるのが4人しかいなくなってしまったので、女子の佐々木ヨーコが5人目として出てジャマーとなって大逆転することがあった。
・ジャマーは勢いをつけるため味方にホイップといって手をつないで大きく振り出してもらう。
それを2人でやると(要するに3人つながるので長くなり遠心力がついて勢いが増す)ダブルホイップといっていた。しかし勢いがつきすぎて外周の柵に激突して失敗することもあった。
・河野の頭突きは「カワノビンゴ」と言っていた。
・悪役黒人選手でチキンなんとかというニックネームのついた選手がいたような。
昔の記憶なので間違っていたらごめんね。
  1. URL |
  2. 2008/01/26(土) 23:55:16 |
  3. ブラック大尉! #Dlk2ZG52
  4. [ 編集]

このエントリーは

ローラーゲーム百科みたいになってきました。
ダブルホイップは、37生のローラーゲームごっこでも定番でしたね。結構難しいんだあれは。
  1. URL |
  2. 2008/01/29(火) 17:31:25 |
  3. ひこてる #vTTYl63Y
  4. [ 編集]

おじゃまします!

39年うまれです。子供のローラースケートの「練習場」を探していたらなぜか、、。
「日米対抗ローラーゲーム」&「東京ボンバーズ」にたどりついちゃいました。
コメントを拝見して懐かしいのなんの!!!

女性軍の助っ人に「ビッキー・マッキューン」と「アロハ・リンダ」が順次入れ替りで登場したような、、。
そして「アロハ・リンダ」の背番号はお約束の「1」ではなく「8」だったような、、。
そして「鉄板入りのカバン」で殴りかかる「悪徳マネージャー=グッチ」。

ローラースケートが苦手だった私は「グッチ」の役専門でした。
  1. URL |
  2. 2008/02/11(月) 21:59:59 |
  3. tama #-
  4. [ 編集]

tamaさんこんにちは

悪徳マネージャーってのは、この番組がハシリだったかもしれませんね。

>ローラースケートが苦手だった私は「グッチ」の役専門でした。
そういう特殊なポジションの子、いますねぇ。思わず笑っちゃいました。
  1. URL |
  2. 2008/02/12(火) 07:36:54 |
  3. ひこてる #vTTYl63Y
  4. [ 編集]

遅ればせながら、追伸

とってもご無沙汰いたしました。m(_ _)m
久しぶりに覗いてみたら、新たなコメントがあったので、追伸?させて頂きます。
言い残していた記憶からいくつか・・・・・

・「アロハ・リンダ」。
帰国したコリーン・ミュレルに代わってハワイ(日系?)からやってきた、ビッグサイズの女性スケーター。
その体格に因んで、背番号は「747(ジャンボ)」でした。

身体が大きい人にありがちな、大人しい性格の女性に見えましたが、ディフェンスの柱でした。

・「悪役マネージャー」
外国チームにはジョン・パーカー以外にも、ヒールのマネージャーがいましたね。
チーム名は分かりませんが、唯一名前を覚えているのが「グッチー」。小柄な白人で、コメディアンみたいな容姿だったイメージがあります。

グッチーの武器は「ステッキ」。そのステッキでボンバーズの選手をつついたり、叩いたり、足に引っ掛けて転倒させたりするのがお約束。
土居氏が「ボク、そんなにステッキ?」みたいなダジャレのセリフをつけていたような・・・・・・

他に、革製のカバンを持ったマネージャー(チーム、名前ともに不明)もいて、黒人だったような気がします。
そのカバンで叩かれると、「ビンゴ」の河野でさえ失神してしまうほどの威力を発揮。

土居氏は「中に鉛の板でも入っているんじゃないかとの噂があります」とか言うものの、真実は不明でした。
しかし、ある試合の途中にミッキーとヨーコが共謀してそのマネージャーからカバンを強奪!
カバンを開け中を覗き、ついに秘密のベールが剥がされる~と思った瞬間、中から出てきたのは一つの「ホットドック」だった。

これにはミッキーもヨーコも大爆笑。二人で仲良く分け合って「武器」を味わうというオチでした。
その後、怒り狂っているマネージャーに、土居氏がマイク片手にインタビュー。

土居氏「ミッキーとヨーコが、ホットドック美味しかったてさ!」
マネージャー「当たり前だ!あれは〇〇〇〇にある、有名な××××と言う店の特製のホットドックだ!うまいに決まってる!」

また、このマネージャーだったか定かではないですが、日本で行われたゲーム(地方の体育館)でのこと。
ゲーム途中のインタビューで、興奮して何やらまくし立てるマネージャー。その中に、盛んに「トーキョーブドカン!」という単語が聞こえる。
どうやら、「次の武道館のゲームでは、ボンバーズの選手をコテンパンにやっつけてやるから覚悟しとけ!」ということらしい。

これを横でニヤニヤしながら聞いていた土居氏が日本語で、
「コイツ、知らねえもんだから、東京武道館とか言ってやんの!日本武道館っつうんだよ!バ~カ!」
場内大爆笑。言われた本人は意味分からず「エッ?何?何?」の表情でキョロキョロ。

その他には、白人で髭をたくわえた、気難しそうなマネージャー。いつもきちんとスーツにネクタイ。後ろ手を組んですました表情。
土居氏曰く、「大学で哲学を専攻していたと言っていますが、本当ですかね~」

このマネージャーは武器は持たず「丸腰」でしたが、紳士然とした風情から突然豹変し、殴る蹴るの暴挙を行うのが特徴?でした。

ではまた!(http://rhiltonw.exblog.jp/ にもぜひお立ち寄り下さい)



  1. URL |
  2. 2008/04/13(日) 20:07:46 |
  3. rhiltonw-tms #Lm6S65hA
  4. [ 編集]

はじめまして。

私も同じ世代なのでねよく覚えています。佐々木ヨーコ選手がお腹パンチを食らってうずくまって動けなくなったり・・・。まるでプロレスみたい。 

ただウチはM部省職員の家だったので、ローラーゲームとか言うものは見せない主義(というかテレビを見ると活字離れが進む野でなるべくテレビは見せない主義)とかいうわけで、ウチではなく友達の家でみていました。

当時デパートの子供服売り場にいくと東京ボンバーズのジャンパーや短パン何が売っていてクラスでも東京ボンバーズの格好している子もいたりして、はやっていましたね・・・。あのサイドにラインの入ったパンツはみんな穿いていましたね。
ただしM文部省職員は朝日新聞を広げながらローラーゲームのことを
「日本人は流行に引き摺られている・・・。」
とえらそうに批評していましたが・・・。
  1. URL |
  2. 2008/11/30(日) 09:05:59 |
  3. ハニー #vBN1JbmE
  4. [ 編集]

日米対抗ローラーゲーム!ヽ(´エ`)ノ東京ボンバーズ!ヽ(´エ`)ノ佐々木ヨーコ!ヽ(´エ`)ノ河野のビンゴ(頭突き)!ヽ(´エ`)ノ

ひたすら懐かしや懐かしや(^u^)面白かったですねっ( ´∀`)悪党マネージャーの『グッチ』(?)覚えてます。ボンバーズの…誰か(失念)にあおられて、自分のことを『バカブータ!バカブータ!』って叫んでたのを覚えてます。

東京ボンバーズ、今でもあるそうで。ただ、今のローラーゲームは、エンタメ性を極端に排除した、真剣勝負…といえば聞こえはイイですが、要は『ワン・オブ・メニィ』のマイナースポーツになってます。う〜ん(^O^;)
  1. URL |
  2. 2019/10/26(土) 21:21:30 |
  3. スカイハイ555 #WVjE4VcQ
  4. [ 編集]

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