昭和37年ブログ

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光化学スモッグの向こう側

なんか突発的に暑くなったりしますね。
確実に地球は温暖化しているわけですが、
ふと思い出したのが「光化学スモック」です。

1970年というから、37生は8才、小学2年生の時、
都内の学校で、生徒が集団で目や喉の痛みを訴え
40数人が病院に運ばれるという騒ぎになり、これで一躍全国に名を知られることになります。

工場や自動車の排気ガスなどに含まれる窒素酸化物や炭化水素(揮発性有機化合物)が日光に含まれる紫外線の影響で光化学反応をおこし、それにより生成する有害な光化学オキシダント(オゾンやアルデヒドなど)やエアロゾルが空中に停留しスモッグ状になることをいう。
(by wikipedia)

怖かったですねぇ、なにせ子供にしたら、なんか正体不明なガスでやられちゃうという話です。
比べるのは不謹慎かもしれませんが、後のサリン事件くらいのインパクトはあったかもしれません。

すぐに学校では、光化学スモッグが起こったら、あーしろ、こーしろというお話しになりまして、
対策らしきものがたてられることとなります。

・・・・わたしの小学校では、校庭に旗が上がるって言うんですね。
予報なら白色、注意報は黄色みたいな、
確か4パターンあって、一番重たいのが、重大警報とか言うやつで、これは紫の旗でした。

で、その説明が先生からあった翌日でしたか、
校庭のポールに旗が4種類全部上がってるじゃないですか。
おぉ、こいつは窓を閉めろ、カーテンも閉めろと、教室は大騒ぎでありました。
なぜか子供はこういう時、はしゃぎます。

まぁそのあと普通に校庭に出されて、
朝会で校長先生が、この旗が出たら云々・・とお話ししたというオチだったのですが、
鮮明に覚えている記憶ですな。

しかし、思えば小学校時代、あの旗を見たのは、それが最初で最後でした。

要するに私の住んでいたあたりは、まだまだ空気がきれいだったんですね。
そりゃ、ちょっと歩くと一面田んぼだったから・・・・。
そうそう、中学生くらいになると、時々予報の旗を見ましたが、普通に生活してましたねぇ。

調べてみたら、今ではこのシステム、だいたい予報、注意報、警報の3種類のようです。
多分あの紫の籏は、日本中で出番はなかったのでしょう。

光化学スモッグはその後急速に一般化し、日常になり、
しかも公害対策が功を奏して、発生じたいが少なくなります。

37生は公害慣れしていたのかもしれません。
2002年に千葉で警報が出たのが最後で、それも18年ぶりのことだったのだそうです。




こんなのもいたし(公害怪獣ヘドラ)


のど元すぎればなんとかですが、
今やノスタルジーすら漂う「光化学スモック」
もちろん、また会いたいとは思いません。

・・・・・(終わり)・・・・・
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テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2007/09/19(水) 09:36:11|
  2. 37生の毎日
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カブトムシがやってきた

残暑お見舞い申し上げます。全国の37生の皆さん、いかがお過ごしですか?
世間では、とっくに学校の夏休みも終わったようですね。
子供の頃、私たちはクーラーもないのに、なぜあんなに元気だったのでしょう?
そして、あの頃の夏休みは、なぜあんなに長く充実していたのでしょう?
永遠に続くかと思われたほど、毎日様々の事件があったものですね。

さて、少々タイミングを逃した感がありますが、
わたしが夏になると思い出すのは、
学校の校門前にやってきた「カブトムシ売り」のおじさんです。

そんなの知らないって?
もちろん37生の時代には、まだまだ「いくらでもカブトムシのとれる地域」は実在しておりました。で、そこでは、自給自足で手に入るわけですから、当然そういう地域にカブトムシ売りはやって来ません。

しかし、中途半端な都会だった、わたしの地元には毎年来たんですねぇ。

木のミカン箱に金網を張った巨大な虫かご、
この中にあきれるくらいたくさんのカブトムシを入れて、学校の校門前あたりで売っておりました。

だいたい雄で300円ってところかなぁ。

毎年来たと言っても、時期はわりとピンポイントでして、そう小学校4年から6年くらいまですか。

それ以前には、そもそも虫を売るなどという概念が日本人の中になく、
それより後だと、カブトムシ事体を手に入れるがなかなか大変になって、うまみのある商売じゃなくなっちゃったのでしょうね。
いかにも怪しげな路上のカブトムシ売りはこなくなっちゃいます。

まぁ、いろいろ地域性はあるでしょうが、私の住んでたあたりではそんな経過でありました。


で、カブトムシです。
男の子はこれが欲しいのですよ。
漆黒の憎い奴、なぜだかカッコいいんです。
あと茶色がかった別名「赤カブト」なんてのもおりましたな。




それと不思議なことにクワガタムシは売りにこない。あくまでカブトムシなんですね。
(クワガタに魅力がないのか、それとも数が少ないのかしらん?)

わずか数年のことではありましたが、とにかくカブトムシ、飛ぶように売れておりました。


さて、例によって貧乏なので、この手のものは絶対買ってもらえなかったわたしですが、
ことカブトムシに関しては、裏技がありました。

みんな買ってもらったカブトムシを、水槽なんかで飼うわけですが、
当時の水槽は100%魚を買うためのものでして(当たり前だよね)、ふたなんか付いてないんですよ。
そこで、ふたの代わりに網戸のアミなんかをかぶせてあるわけです。

しかし、相手はカブトムシです。
キングオブ昆虫であります。
夜になって活動的になると、アミなんか簡単に突き破るのですよ。

実はわたし団地に住んでおりまして、シーズンになるとあっちの棟からも、こっちの棟からもどんどん逃げ出すのです。

それが光に集まって、朝方になると街灯の下に裏返っているわけ。
どこの街灯でもいいわけではなくて、ちょっとした穴場みたいなところがあったんですが、
まぁ、もう多いときは5匹も6匹もつかまえたものです。

わたしの少年時代の、数少ない輝かしい記憶ですな。

何年か前、デパートでカブトムシを売っているのを発見、
値段を見たら一桁違っておりました。感慨深いものがあります。
今回はちょっとマイナーな話題でした。みんなおぼえているかな?

・・・・・(終わり)・・・・・

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  1. 2007/09/10(月) 17:37:13|
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昭和37年4月25日生まれ

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