昭和37年ブログ

昭和37年生の、昭和37年生による、昭和37年生のためのブログ

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37生の年の瀬(大晦日)

37生の子供の頃の正月というのは、1週間くらい平気で店が閉まっていたものでした。
商店街は、まさにゴーストタウン状態。
開いていたのは、子供からお年玉を巻き上げようという、あこぎなおもちゃ屋さんだけで、それだって元旦はシャッターを降ろしていたのです。

そんなわけで、新年はしばらく日用品が手に入らない。
仕方がないので、おのおのの家庭では、大晦日までに買いだめするのですね。
これが大変なんだ。
一日三回くらい買い物に行ってましたもん。

未だコンビニのなかった時代です。
例えば正月中にトイレットペーパーが切れたら、本当に一週間・・・・なわけで、世のお母さんたちも、念には念を入れて、買い物リストを作成していました。

もちろん大掃除や、その他諸々の年末行事と同時進行で行うわけですから、これが目の回るような忙しさなのでした。

そうそう、子供も子供なりにいろいろ大変でしたねぇ。

とりあえず、「自分の部屋をきれいにしなさい」なんていわれて、追いやられるわけですが、
子供ってのは整理整頓っていうものが、何より苦手。
自分の机を片付けるだけで、けっこうな大仕事だったような気がします・・・。

それで、なぜかこういう日に限って、
無くしたといって、新品を買ってもらった消しゴムとか、
親に渡し忘れた、学校のプリントとかが出て来て、叱られるんですね。

引き出しに入れておいたカマキリの卵が、知らぬまに孵化していたりとか・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、大晦日です。
さすがにお父さんも家にいます。
すべてを終えて、ほっと茶の間に家族集合するのが、7時頃でしょうか。
お母さんが夕食を食卓に並べ始めます。

んでもって、

「レコード大賞」の始まりの時間ですよ。

37生の頃のレコ大は、視聴率40%を超えていたオバケ番組。
今年の受賞は誰だってのは、けっこうな関心事でした。(ちなみに最高視聴率は52/'77年の50.8%)

母親の肩を抱いて歌う小柳ルミ子とか、化粧が流れて、黒い涙を流す研ナオコとか、聖子ちゃんの嘘泣きとか・・・、
みんなこの番組でしたねぇ。(歌謡大賞だったっけか?)
司会は高橋圭三が定番でした。

70年代の大賞受賞曲は、

また逢う日まで
喝采
夜空
襟裳岬
シクラメンのかほり
北の宿から
勝手にしやがれ
UFO
魅せられて

懐かしいねぇ、ジュディ・オングなんてどうしてるかしらん?

レコ大が終わると、即座にチャンネルはNHKへ
9時からは「紅白歌合戦」です。

さっきまでTBSにいた歌手たちは、魔法のようにこちらに移って来ています。
もっとも受賞者の皆さんは、思いっきり間に合わないので、オープニングにはいませんでしたね。
11時45分までの長丁場で、最後は蛍の光の大合唱。
ここまで寝ないで起きていられた時には、大人になったなぁと思ったものです。

司会は37生的には、山川静夫と佐良直美かな。(わたしに時間を下さいの鈴木健二も捨てがたい)

南極観測隊の電報とか(なぜか紅組を応援)、応援合戦とか、いろいろお約束をへて、最後は「日本野鳥の会」が会場の札を数えて、勝敗が決まります。
予定調和の極みだったなぁ。

ちなみに、昨年までの勝敗は、紅28勝白28勝で、並んでいるらしいです。

ここまで来ると新年は目の前ですね。
「ゆく年来る年」

NHKvsオール民放の対決番組ですが、まぁ似たり寄ったり。
とりあえずどっかのお寺の風景から、ゴーンと除夜の鐘をつく坊さん・・・厳かなアナウンス。

今みたいにカウントダウンなどせずに、画面隅の時報で年越しを知るという、まぁ上品なものでしたね。

そう、あの頃は、そんなに大騒をしなくても「年越し感」が盛り上がっていたのでした。
・・・・・(おわり)・・・・・
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  1. 2006/12/20(水) 12:23:15|
  2. 37生の毎日
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37生の年の瀬(クリスマス)

はい、今年もおしせまってまいりました。
世間もなんとなく慌ただしくなる年の瀬です。
あまり時節のご挨拶などしない当ブログですが、気がつけば開設以来一年近くがたちます。時に更新の滞ることもあるかと思いますが、ひとつ長い目で、今後ともよろしくお願いいたします。

さて、そんな神妙な書き出しも、実はネタ振りでして、
今回のテーマは年の瀬。
年末のにぎわいや、師走の過ごし方も、37生の時代はひと味違いましたよね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まず12月といえば、クリスマスでしょう。

なにしろ毎年12月24日にはいやでも学校が終わるわけです。
で、最後の給食には小振りのケーキが付いたりしたこともありましたね。(今でも覚えているところを見ると、よほど衝撃的だったんだろうなぁ)
野に放たれた37生の前には、クリスマスソングの流れる師走の街が・・・

まぁしかしこれは、37生がだいぶ大きくなってからの話で、
昭和40年代のクリスマスは、まだまだ今のようなしっくり感がないというか、所詮アーメン様のお祭りというか、なんか日本人の血肉になり切れていない部分も多かったように思います。

だいたい37生の子供の頃は、ようやくと「家庭でクリスマスパーティーをやる」というイベントを、おそるおそる始めた時期なんですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何事も最初にやる時は力が入るものです。
あの頃はクリスマスツリーを飾ったら、部屋中にモールを張りつめ、モールがない家では、折り紙で鎖を作ったりして・・・・。
でも、オーナメントの数も少ないから、わけもわからず、折り鶴が下がってたりしましたね。
なんだか、小学校の「お楽しみ会」のノリです。。

がんばってクリスマスソングをかけちゃた家も多いのでは?
まだ山下達郎もワムもマライア・キャリーもいませんから、定番は「ホワイトクリスマス」とか「ママがサンタにキスをした」とか「そり遊び」とか・・・
ポータブルプレーヤーに、LPレコードですよ、時々針が飛んだりしてね。

クリスマスケーキは今と違って、ケーキ屋さんというものが一般的ではありませんでしたから、だいたいがお菓子屋で買うものでした。
例の「ケーキ屋ケンちゃん」は47/'72年放送ですが、この時ですら、「ケーキ屋なんてあるんだろうか?」というのが、一般の37生の感想なのではないでしょうか?



ケンちゃんは36年生まれ。同世代なのですよね


もちろんこの頃のケーキは、バタークリームで、大中小のホール買いが基本ですね。
で、ケーキの上には、まだイチゴなんかは乗っていなくて、赤とか緑の怪しいゼリー状の粒(あれ何ていうんだろう?)と、ウエハースかなんかで作った家とか、チョコのサンタクロースとか、そんなものが乗ってました。
思うに、どっか工場から運んで来るから、日持ちのする材料で作っていたんでしょう。

で、これが美味かったかというと、美味かったはずはないんですが、それでも美味かった。

なにせケーキなんて、年にいっぺんこの日しか食べられないものだったんですから。
うちの親父なんか、毎年ケーキを前に、
「家は貧乏だから、クリスマスじゃなくて、クルシミマスだ」って演説してましたよ。
まったく・・・・・。

それから一応シャンパン(という名前のよくわからないジュース)も抜きます。
子供にとっては、なかなかおいしいものなのですが、後に本物のシャンパンというのは、実はけっこう高い酒なのだと知った時は、ショックだったなぁ。

で、この偽シャンパン、栓の飛び方だけは、本物顔負けなんですよね。
うちじゃあ「俺に任せろ」といった親父が蛍光灯を割りました。
だから・・・・・・・・・。

そうそう、最近あんまり見ませんが、お菓子を詰めた、長靴ってのもありましたよね。
あれ、欲しかったんですよ。
boots.jpg

4人兄弟でひとつだけ買ってもらった長靴は、恐ろしいほどの上げ底で、奥には何にも入ってなかったものです。

お菓子の単価を足し算して、「ふん、ほとんど長靴代だ」とふんぞり返っていたのは、
やっぱり親父・・・・・・・・・・・。

あんまり書いていると、父親に対するトラウマでいっぱいになりそうなので、今日はここまで
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/12/16(土) 12:54:23|
  2. 37生の毎日
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昭和のヘンな外人列伝

「ヘンな外人」枠をご存知でしょうか?

テレビタレントの世界には、松村邦洋や、石塚英彦らに代表される「デブ」枠とか、おすぎとピーコ、美川憲一の「オカマ」枠など、様々な「枠」があると思うのですよ。

で「ヘンな外人」枠なのです。

これ、本当に外国人である必要はなくて、とりあえず外人の顔をしていて、そのくせ流暢というか、へんてこというか、とにかく日本語をよくしゃべる、というのが条件。
最近でいうとベッキーとかボビー・オロゴンとか、そういうポジションの人たちです。
・・・だいたいイメージつかめましたか?

もちろん、かくも国際化した昨今では、外国人なんて珍しくも何ともない。うちの町内にもたくさん住んでるくらいですね。

でも、37生の子供の頃ってのはそうじゃなかった。

街で外人なんぞ見ようものなら、ぞろぞろ後ろからついていって、「ハロー、ハロー」と意味もなくはやし立てたものです。
相手が、「Hello」なんて答えようものなら、もう大騒ぎ。
お調子者は、さらに接近遭遇をこころみて、おきまりの「でぃす、いず、あ、ぺん」を連呼するわけです。

ですから当時はテレビで、外人がへろへろの日本語をしゃべるだけでも、けっこうなインパクトだったんですね。

というわけで、今回は、わたしたちの記憶に残る「変な外人」たちの話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
37生世代の「ヘンな外人」枠には、どんな面々が座っていたかというと・・・

E・H・エリック、岡田真澄の兄弟
eriku.jpgmasumi.jpg


やっぱり、この人たちが元祖でしょ。
実はこの二人、外国人ではありません(日本、デンマークのハーフなんですね)、日本語もそこらの平均的日本人より上手かったのですが、顔はもろに欧米系でしたね。
で、当時はそれだけで十分びっくりでした。
エリックも、真澄も、37生の記憶の中では、怪獣映画に某国の科学者役で出て来たり、某国のスパイ役で出て来たり、某国の富豪役で出て来たり・・・

面白いのは、兄エリックの芸能界入りのきっかけで、
普通に電気工の仕事をしていた彼が、たまたま日劇に工事に行き、楽屋にいたトニー谷(あなたのお名前なんて~の? のおじさんね)に、
外人顔なのに日本語ペラペラなのが変だと、舞台にスカウトされたんですね。
だから最初は漫才をしていたというのです。
それほど、存在自体が珍しかったんですね。

お二人ともすでに鬼門に入っております。合掌

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
続いて思い出したのは、

キャロライン洋子
yoko.jpg


この子はなんと同級生。37生仲間です。名前からして、やっぱりハーフなんでしょうね。
それでもって、いろんな仕事してましたよねぇ。
ドラマ「長靴下のピッピ」の吹き替えから、ゲバゲバ90分まで・・(えらいマニアックですまん)
あとは、E・H・エリックの娘役とか、岡田真澄の娘役とか(やってなかったっけ?)
確かお兄さんもいて、黒沢浩とか、キャロライン浩?(ウィリアムだそうです、情報提供感謝)とかいう名前で活動してました。

彼女はヘンというわけじゃなかったけれど、子供だったということでインパクトがあったわけです。
やっぱり珍しかったんですね。

調べてみると、現在は米ヒューレット・パッカード社で偉い役職に就いている、という情報をみつけました、けっこう優秀だったんだぁ・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
えっとハーフのタレントばかりなので、いっそハーフをずらりと並べた、

ゴールデン・ハーフ



名前に偽りなく米、独、伊、西(スペインだよ)、泰(タイ、わかんないよなぁ)のハーフそろえてました。
まさに企画ものの集団ですね。
歌よりも、番組の合間のコントコーナーでコミカルな味を出していた記憶があります。

ちなみに一番ひょうきんだったエバちゃんですが(たぶん前列左端)、
今はわからないけど、かつて、埼玉県の某市で居酒屋さんをやっておりまして、普通にカウンターに立っていたようです。
友人が飲みにいって、えらい感動して報告してくれたものでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
だんだんマイナーになります。

マギー・ミネンコ
minenco.jpg


和田アキ子の番組(あっ「うわさのチャンネル」だ、今思い出した)で、
「ちち揉め」と叫んでいた人ですね。

歌はぜんぜん覚えてないですが、とりあえずせんだみつおや、デストロイヤーなんかとからんでました。
なんか下品なギャグを母親に見とがめられたらしく、帰国。

調べたらロシア系アメリカ人なんだそうですが、お母さんが日本人なので、彼女もハーフなんだなぁ。
現在はアメリカ在住とのことです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つぎはすごいぞ。

チャダ
chada.jpg


ターバン巻いて、むちゃくちゃ上手に演歌を歌っていたインド人歌手
50/'75年発売の「面影の女」がヒット。ちなみにB面は「やもめのジョナサン」
・・・・なんか書いていて、本当に存在したのか怪しくなるくらいに、ぶっ飛んだキャラクターでしたね。

しかも、彼は生粋のインド人でハーフじゃない!! いったいどこで日本語を覚えたんでしょう?
今は貿易商として成功しておられるそうです。

まぁ、彼は歌手で、しかも前述の、マギー・ミネンコや、ゴールデンハーフなどと違って、コントなんかもやらなかったんだけど(すぐ消えちゃったし)、その存在自体が、へんな外人にふさわしかったと、そう思います。
いや、ほんとヘンだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
思い出すままに書いてきましたが、他にも、フランソワーズ・モレシャンとか、欧陽菲菲とか、ゼンジー北京とか(ウソ、彼は生粋の日本人)、ちょと不思議な雰囲気を漂わせていた面々がたくさんいましたね。

珍しさと、日本人のコンプレックスが生んだ「ヘンな外人」ですが、最近はいじめられキャラが多いような・・・
本当はヘンじゃないんだよね。

・・・・・(おわり)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/12/09(土) 12:32:43|
  2. テレビ・ラジオ
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  4. | コメント:16

懐かしの歌謡曲(小学校・アイドル編2)

(47/'72年)37生の小学校の4年目は、進級早々、4月に発売の大ヒット曲
小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」で幕を開けます。

みんなで歌った♪瀬戸ワンタン、日暮れ天丼・・・例の♪森トンカツ以来の、替え歌の大ヒットでありました。

突然ですが、じつはわたし、この年から数年間が、まさに、歌謡曲がもっとも歌謡曲らしく、アイドルが一番輝いていた時代ではないかと、そう思うのです。

もちろん37生にとっては、一番脳みその柔らかい頃ですから、この頃から中学にかけての4~5年間のヒット曲は、数回聞くと覚えてしまいました。
その気になれば、たいがい今でも歌えるわけで、そういう意味でも、思い入れはひときわなのです。

でも、実際、曲的にも、人材的にも、素晴らしいものが次々世に出た時期なのですよ。
それが証拠にこの年は、以降月代わりで、記念碑的楽曲が繰り出されます。

翌5月には天地真理の代表曲「ひとりじゃないの」がリリース。
さらに6月には、あの伝説の「どうにも止まらない」が発売になります。

それにしても山本リンダはすごかった。
はじめて見た時は、家族中テレビの前で固まったのを覚えています。
「これはいったいなんなんだろう」って言うのが、正直な感想で、
今まで見たこともない、とんでもないものが出て来たと、そう思ったものでした。

rinda.jpg
使用前/使用後・・みたいな

今なら何でもないのだけど、当時のインパクトといったら 、倖田來未なんて目じゃなかったですからね。ちびまる子ちゃんが♪ウダダァと歌っているのも、もっともなわけです。

7月、スター誕生の初代合格者として、森昌子が「せんせい」でデビュー
全国の先生たちを熱くさせます(本当か?)

masako.jpg

これは順当に年齢を重ねたパターン


8月、郷ひろみ「男の子女の子」(これもデビューシングルですね)

郷ひろみもインパクト強かったですねぇ。♪ヘイヘイヘイ、ヘイヘイヘイですよ。
後の♪アチチ、アチに通じるものがありますな。
三つ子の魂百までといったところでしょうか?

hiromi.jpg

この人は・・・うーん


9月、再び天地真理「虹をわたって」
10月、ひと休み。
11月、アグネス・チャン「ひなげしの花」

可愛かったなぁアグネス・チャン。よく麻丘めぐみと対比されてたように思うのですが、わたし的には断然アグネスですね。
今や、お昼のコメンテーターみたいなポジションになっちゃいまして、ちょっと夢破れたおじさんなのですが、当時は、知的で、純真で、長い髪で・・・萌え~でした、ハイ。

agunes.gif
外見の変化は少ないんだけど、イメージ変わりましたねぇ


ところで彼女の一番のヒット曲は48/'73年の「小さな恋の物語」なんですが、「草原の輝き」や「ひなげしの花」、あるいは「星に願いを」「ポケットいっぱいの秘密」なんかは憶えていても、この曲は意外と出てこない人が多いんですね。
♪小さな家並みが まるで夢のよう・・・・ってわたしは歌えるんですが・・・。(なにせ好きだったんで)

12月、美川憲一「さそり座の女」
と、これはまぁご愛嬌。

本当に次から次への一年であったわけです。

この年デビューしたのは
麻丘めぐみ、アグネス・チャン、西城秀樹、郷ひろみ、フィンガー5
前年が野口五郎、翌年が、桜田淳子、山口百恵
沢田研二もソロになってヒットを飛ばします。

うーん、思い出せば出すほど勢いのあった時期ですねぇ。
アイドルが4ヶ月ごとに新曲を出し、それを片っ端からフォローしていったんですから、とても今では考えられません。

それだけ日本人も元気だった、あの頃なのです。
久々にカラオケいっちゃおうかなぁ~。
・・・・・(おわり)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/12/06(水) 01:04:36|
  2. アイドルとか歌謡曲とか
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:4

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