昭和37年ブログ

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NHK教育の番組たち(社会)

♪はったらくおじさん、はったらくおじさん、こんにちはー
てなもんで、NHK教育シリーズ、取りを飾るのは「はたらくおじさん」です。

放送は36/'61年~58/'83年。
実はこの名前での放送は56年までで、途中から、「はたらくひとたち」に番組名が変更になってます。
・・・・・・フェミニズムですねぇ。
ちなみに「はたらくおじさんおばさん」だった時期もあったようです。
・・・・・・ちょっと長すぎです。

とにかく37生の時は「はたらくおじさん」でした。
例によって人形の、タンちゃんペロ君が、気球に乗って空から望遠鏡で覗くんですよ。
で、今日は漁師さんの仕事だとか、りんご農家におじさんに会いにいこうとか、そういう流れになるのでした。
このあたりは水戸黄門のごとく、パターン化されていましたね。
でも見に行く仕事は、けっこう時代時代で考えられていて、最後の方はゲーム機メーカーだったりして、けっこう最先端も意識していたらしいです。

ところで「タンちゃん」は探検好きなので「タン」ちゃんなんですよー、皆さん知ってましたか?
あと毎回気球から落ちそうになるペロ君は犬です、そのまんまだね。

ふたりがでてくるのは冒頭だけで、あとはほぼナレーションのみの作りなのだけれど、そのわりにはこのキャラクター、よく覚えています。
やっぱり主題歌のインパクトゆえでしょうか?

♪ターンちゃん! ペロくーん! ふたりでランランラン

だもんねぇ。

さて、この番組に影響されたわけじゃないでしょうが、37生の社会科の授業じゃ、お父さんの職業調べとか、商店街のお店調べとか熱心にやりました。みんなの前で親の仕事を発表したり・・。

そうそう、うちの父親は、なんと労組の専従役員だったのですが、子供心には何やっている人なのかいまいちわかっておらず、母親に聞いた覚えがあります。
団体職員と言えといわれましたっけ。
確かに、「えーと春闘のとき先頭にたつ仕事です。」なんてのは子供には難いですな。
もちろんはたらくおじさんにもでてこなかったです。

今考えるとクラスの中には、無職とか地上げ屋の息子なんかいなかったんでしょうか? いたんだろうなひとりやふたり・・・。

個人的な感慨に浸りつつ、いつの間にか自分がはたらくおじさんになってしまった37生でした。

・・・・・(終わり)・・・・・
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テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/06/27(火) 10:01:30|
  2. 学校生活
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NHK教育の番組たち(理科)

教育テレビでお勉強といえば理科と社会ですねぇ。
なんだか今は生活科なんていう、よくわからない教科が幅を利かせているようだけれど、37生的には

み、み、みーつけた。
いいものいいものみーつけた。
な、な、なーぁに、なんでしょね。
な、な、なーぁに、なんだろね。

で始まる「理科教室1年生」の番組。忘れられませんね。
お兄さんだかお姉さんだかと、人形のかけ合いだったりしました。

さんちゃん見てるよ、きのうもきょうも
クリクリ動くよ大きな目だま
さんちゃん、いちにの三年生
僕らも、いちにの三年生
皆~んな負けずにさんちゃんと
観察ノートを続けよう

この三ちゃんも人形だったよなぁ。
何しろ「三ちゃん」ってくらいですから、こちらは「理科教室3年生」です。

さて、理科教室2年生も4年生もあったはずなんですが、オープニング曲を覚えているのは、なぜかこのふたつだけです。
それほど名曲なんでしょうか? それとも本当に他の学年はなかったりして?

番組はだいたい、
「へっへぇー、キクちゃん見てみて」
「なーにカンちゃん」
「えっへん、この間の朝顔、芽が出たんだぁー」

みたいな出だしでしたな。

そこに満を持してお兄さん登場。
「お兄さんの鉢植えも見てごらん」
「あれー、なんだかお兄さんの芽、ちょっと違ってるよ?」

なーんて、展開です。
べたでした。

ところで朝顔の観察は何年の時だったでしょうか? ひまわりは?
だいたい一学期にたねを植えて、夏休みには家に持って帰るわけですが、不思議なもので同じように世話しているのに、クラスでひとりかふたりは、どうも上手く育っていない鉢があるものです。
必ずそれが私の鉢だったってのはどういうわけですかね。
・・・・・・双葉が出て、本葉になってあたりまでは、一緒だったのになぁ。

ほかにも、電池の実験だの水車の実験、やじろべえに磁石にメダカの飼育。
小学校の理科ってどうしてあんなに楽しかったんでしょうか?

極めつけは6年の時のショウジョウバエの飼育かな、
あれは生ゴミとかにたかるので、台所に寒天のつまった孵化器をおいておくのですよ。
それをうちの班の女の子は、トイレにおいたものだから・・・
他の班はかわいい幼虫なのに、うちのはまさにウ○虫。
あれっ?って思っていたら、立派な銀蝿になりましたとさ。

ちょっと個人的な話になってしまいました。
社会科についてはまた次に
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/06/20(火) 13:03:32|
  2. 学校生活
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NHK教育の番組たち(道徳)

突然ですが、37生は意外とNHK教育テレビを観ていました。
何しろ学校で見せてくれるんですから。

まずは「みんななかよし」
主題歌は37生ならみんな歌えますよね。

口笛吹いて、空き地へ行った
知らない子がやって来て
遊ばないかと笑っていった
一人ぼっちはつまらない
誰とでも仲間になって仲良しになろう
口笛吹いて、空き地へ行った
知らない子はもういない
みんな仲間だ仲良しなんだ

空き地ですよ空き地。今そんなものどこにもありませんねぇ。
ちなみに放送は37/'62年~60/'85年(!!) 超長寿番組だったのです。

これを道徳の授業中に見せてもらえるのはうれしかったですね。
で、その後、番組で巻き起こった事件について,クラスで討論するのです。
この番組は小学中学年(3、4年生)向けで、内容も、けんかして上手く謝れないとか、そんな程度なんですが、みんな真面目に話しあってたなぁ。

やがて高学年になると番組は「明るいなかま」に引き継がれます。
こちらも放送は37/'62年~61/'86年

あいつを初めて知った時
じろりと睨んだだけだった
嫌な感じと思ったけれど
話のわかる奴だった
喧嘩もしたさ仲間だもんな
仲間、仲間、なーかーまー

曲調はぐっとアップテンポ、歌詞も少々不良っぽくなって,おとなーな感じでした。調べたら中山千夏が歌ってたらしいです。
最後の、なかま、なかま、なーかーまーってところが印象的ですが、
仲間とか、仲良しとか友情とか、そういうものを恥ずかしくなく、真正面から語れる時代なのでした。
内容もぐっとシリアスになりますが、基本的には、主人公家族を中心にした、学園もの+ホームドラマでしたね。

まぁ、担任の先生のやり方でいろいろなんでしょうが、こっちの番組はあんまり学校で見せてもらえなかったので、主題歌以外、あまり細かいところを思い出せません。
基本的に学校のある時間にやっているものなので、うちで観ることは,難しかったのでしょうね。

いずれにせよ37生が、ちょっとシリアスに考えさせるドラマにであったのは、このあたりが最初なんじゃないでしょうか?,まさに教育テレビに教育されたわけです。


・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/06/07(水) 08:53:43|
  2. 学校生活
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普通の女の子に戻りたい

高校の入学後の最初のHR
お約束の自己紹介の時に、一人の少年がいいました。
「僕はキャンディーズのファンです。スーちゃんいいですねぇ。」

どっと上がる歓声。
緊張気味のクラスの雰囲気は、これで一気に緩んだわけですが、
実はこの時、同時に男子生徒の中では、隠されていた2大勢力の存在が明らかになったのでした。

そう、すなわちそれが、スーちゃん派とランちゃん派の対立であります。

キャンディーズがコンサート中に突如引退を表明したのは、その前年の52/'77年、
37生は、受験に必死な中三の夏でした。
その時の台詞「私たち、普通の女の子に戻りたい」はあまりにも有名ですね。
舞台では「引退宣言」だったのが、いつの間にか「解散宣言」になり、解散時期もずるずる9ヶ月も延びてしまったことに、何やら大人の世界の圧力を感じないでもありませんでしたが、まぁ衝撃的な出来事でありました。

で、本当に解散したのが53'/78年の4月4日。
つまりこの自己紹介の日の一週間ほど前のことです。
37生男子の心の中には、いまだキャンディーズは生々しく息づいていたのでした。

HRの後、クラスの男子はひとしきり自分かどっちの派閥に属しているのかで盛り上がり、結束を深めたわけですが、
ほんわかあったか和み系のスーちゃんと、セクシーお姉さん的雰囲気のランちゃん,どちらも捨てがたいものがありました。

そして20数人の男子の中で、わずかに2人、かたくななミキちゃん派がいたことも書いておかねばなりますまい、
その一人が私だったってことも・・・

スレンダーなミキちゃん,色っぽかったんだけどなぁ・・・・

さて、キャンディーズのデビューは48/'73年
37生はまだ小5です。(ちなみに彼女らは37生より6~8学年上ですね)
デビューから2年近くはまったく売れず、ほとんどの37生がその存在を認識するのは50/'75年の「年下の男の子」からでしょう。

アイドルの低年齢化の進む中、20過ぎのまさにお姉さん。良いところをついていましたね。
その後3年間、37生の中学時代を、出す曲みんなヒットさせつつ駆け抜けていくのです。

売れなかった頃の4曲は、スーちゃんがメインボーカル。その後はランちゃん、そして引退が決まった後に一曲だけ(「わな」)ミキちゃんがボーカルをとりました。「わな」がミョーに暗い歌だったのが、このグループにおける、ミキちゃんの立場を象徴しているようで、ちょっと悲しかったですな。
ラストソングの「微笑み返し」では、それまでのヒット曲のタイトルを、歌詞中に織り込むという、素敵なお遊びもありましたっけ。

その後は皆さんもご存知の通り、田中好子は良い女優になりました。伊藤蘭は最近あまり見かけませんが、後に夫になる水谷豊と組んでドラマをやっていた頃は良かったですね。藤村美樹は地味でした・・・今は完全に引退しております。



おじさんになった、年下の男の子たちは、時々彼女たちと、満員の後楽園での引退コンサートを思い出すのです。

・・・・・(終わり)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/06/02(金) 08:26:31|
  2. アイドルとか歌謡曲とか
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  4. | コメント:7

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昭和37年4月25日生まれ

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