昭和37年ブログ

昭和37年生の、昭和37年生による、昭和37年生のためのブログ

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柏村アナを知ってますか

今回はちょっとマニアックな話。
以前書いた「大入りダイヤル」のエントリーに、「都倉俊一のあなたと旅と音楽と」様(しかし楽しいハンドルネームですね)からコメントをいただいて、その素晴らしい記憶力に触発されて、さらにいくつかの番組を思い出す事ができたのですよ。

特にあったあった感(なんじゃいそれ)が高かったのが「飛び出せ全国DJ諸君」という番組です。
その名前の通り、全国の地方局のアナにディスクジョッキーのコーナーを担当させるというもので、当時としてはなかなかどうして斬新な企画でした。
地方局の日替わりリレーみたいな手法は、その後テレビの朝番組などで取り入れられ、今ではすっかり定番ですが・・。

この番組では、10分間の枠を、月曜から、金曜まで一人づつ担当という形で、その後人気投票を行っていました。
最終的には人気上位者を集めてグランプリを決めるという、システムだったように思います。
(番組は49/'74年から58/'83年まで続いていますが、わたしが聞いていたニッポン放送では途中で打ち切っているようですし、地方によって放送時期はまちまちだったようです。)

当時この番組は、地方のアナウンサーにとって、登竜門的な役割を果たしていたようで、じつはここから中央にのし上がっていったアナウンサーも多いのです。

わたしがよく覚えているのは、柏村武昭アナ。
当時中国放送の社員でした。「木へんにホワイトの柏村武昭」が決め台詞で、軽妙で流れるようなしゃべりでした。(少々上手すぎる感さえありましたね)
グランプリを獲ったと思ったら、すぐにオールナイトニッポンのパーソナリティーになっていて、「あれあれこっちに出てきたんだ、故郷を捨てたな」などと思ったもんです。(いやな中学生だね)

その後しばらく消息を聞かないなと思ったら、名番組「お笑いマンガ道場」(51/'76年~H6/'94年)で初めて顔を見る事になります。
意外におじさんなんだなぁと思ったのですが、「飛び出せ全国DJ諸君」に出演した時に既に30を超えていたのですね。
たれ目の愛嬌のある風貌が印象的でありました。

広島地区での彼は、以後も人気番組を抱えて、大変な有名人であり続けたようですが、全国的には急速に懐かしい人になっていきます。
もっていた番組が帯の情報番組で、それ以外の仕事ができなかったというのが真相のようですね。ちなみにその「柏村武昭のテレビ宣言」は、広島で競合番組に、視聴率で負けた事がないのだそうです。

ところで「飛び出せ全国DJ諸君」ですが、他にも
波多江孝文(琉球放送からニッポン放送、「大入りダイヤル」ではた金次郎の名前でパーソナリテイー)
荒川強啓(山形放送からフリー)
鎌田強(北海道放送)
なんかがグランプリを獲っているのですね。
さすがに、選ばれたメンバーというか、みんなそれぞれがんばっています。

さて、ライブドア問題の時に、ニッポン放送の社長がかつての名DJ、カメこと亀渕昭信氏であることが話題になりましたが、37生にとっては、やはり、柏村アナでしょう。
なんと、2001年に参議院に立候補して、広島でトップ当選、議員さんになっていたのですねぇ。
すっかり自民党の長老みたいになって(当選一回だけど)、郵政民営化などを語っている柏村氏を見た時の驚きがわすれられないですね。
(調べてみると議員になってから失言も多いらしいのですが、とりあえずがんばってほしいものです^^)
・・・・・(終わり)・・・・・
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テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/03/31(金) 08:39:57|
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どうにもコンバット!

「コンバット!」(!が入るんだよね)
日本での初放送は37/'62年だけれど、管理人がはまったのは、小学校5、6年の時。
たしか関東地方では夕方に再放送をしていました。

あんまり難しい事は抜きにして、男の子は単純にドンパチやるのが好きなわけで、当然37生も最初は軍服や戦車に憧れて、この番組を見始めたわけです。
実際、ドイツ兵とかかっこ良かったもんなぁ。(もっともドイツ軍の戦車は、必ずアメリカ製の、多分ウォーカーブルドックあたりの車両を使っていたようですね・・マニアックですまぬ)

登場するのは、ヘンリー少尉、サンダース軍曹以下、ケリーにカービー、カーターにリトルジョン。
それぞれキャラが立っておりました。
で、これらのメンバーがノルマンディーに上陸して、パリを目指すのですが、途中様々なエピソードが起こるわけです。

サンダース軍曹が爆撃で目をやられ、朦朧としながら、死んだドイツ兵を弟だと思い込んで、抱えて歩く話とか、
捕虜になったヘンリー少尉が、アルバニア兵(!)に化けて脱走する話。
ドイツ兵に囲まれた分隊が、戦闘中にブルトーザーだかトラックだかに、装甲板をつけて改造して、脱出する話もあったなぁ。

しかしこの「コンバット!」、視ているうちに、それ以上の深いものがある事に気づきます。

単純にストーリーとしても面白かったのですが、じつはそれぞれのキャラクターが軋轢を起こしたり、理解し合ったりという人間ドラマが、この作品に奥行きの深さを与えていまるのです。
ケリーとカービーの仲が悪かったり、気のいいドイツ兵が出てきたり、一筋縄では行かない部分が、子供心にも印象深かったんでしょうね。

さて、番組冒頭の

「コーンバット!・・・スターリング、ヴィック・モロー・・・エーンド、リック・ジェイスン」

というコール。
あの軽快な曲と、ナレーションは、37生の男の子なら、みんな口ずさめますよね。

もちろんサンダース役がヴィック・モローで、ヘンリーを演じるのがリック・ジェイソンなのですが、じつはどちらが先に呼ばれるかで、その日の主役がわかるのですね。
管理人はサンダース派だったので(ヘンリーは将校なので、彼の回はドンパチが少ない^^)
ヴィック・モローがコールされるとうれしかったなぁ。

それから、番組の中でしょっちゅうかわされていた

「チェックメイト、キング2」
「こちらホワイトロック」

という通信も定番でした。ちなみにあれは「ホワイトルーク」の誤訳だそうで、日本風にすると、

「王手、飛車とり」
「こちらは香車」

みたいな感じですね(あくまで感じです)。

当時の吹き替えはけっこうしゃれていて、サンダースはベランメェ調だし、大阪弁を話す兵隊なんかも出てきました。ヘルメットのことは「鉄兜」なんて呼んでましたしね。
今見ると、ちょっと違和感もありますが、当時はかっこ良かったんですよ。

日本兵は出てこないですが(軍曹の弟は、太平洋戦線で戦っているという話は出てきます)、こういうかっこいい軍隊と戦ったら、ぜったい勝てないだろうなと、単純に思ってしまった管理人なのでした。
ちなみに当時管理人が見ていた、日本の兵隊ものといえば・・これです。
・・・・・(終わり)・・・・・

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  1. 2006/03/26(日) 11:15:56|
  2. テレビ・ラジオ
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やっぱり奥様は魔女

前回アメリカドラマの話を書いたら、次から次へと、それはそれはたくさんのドラマを思い出してしまいましたよ。
考えてみれば、テレビの登場とともに、アメリカドラマも上陸したわけで、膨大な数の作品が(それも本国で人気を博したものばかり)放送されてきたのですから、語りたい事はてんこもりですよね。

しかし、何がナンバーワンかというと、これはとてもありがちなんですが、やっぱり「奥様は魔女」そして「コンバット」(さすが男の子)なんですね。

「奥様は魔女」については前回もちょっとだけ触れましたが、もう少し書いてみましょう。
といっても何度も再放送された人気ドラマです。ここに書くまでもなく、皆さんよーく知っていらっしゃるでしょうから、ちょっとトリビアっぽいネタで・・・・。

まずトリビアの1「ダーリンの途中で役者は代わっている」っていうのはどうでしょう。
えっ知ってるって?・・すいません。

この番組の放送開始はアメリカでは'62年、日本では41/'66年で、まさに37生の物心つくころです。まぁ最初に見たアメリカドラマと言っても過言ではないかもしれませんね。
当初の白黒時代からダーリンを演じていたのは、ディック・ヨーク。1話から170話です。
全254話ですから、半分以上は彼ですね。

そして二代目がディック・サージェント。
ヨークが交通事故の後遺症の腰痛を悪化させ、撮影が困難になっての交代でした。

このふたり、確かによく似ています。交代も番組の休止時にあわせていた事、名前も両方ともディックだし、われわれ日本人には(特に子供には)外人の顔の区別が難しいetcの理由もあって、まったく気づかなかった人も多いようです。
例のオープニングアニメのキャラクターも、特に手を入れずに使われていて、名前だけが変わっておりました。
元々サージャントの方も、番組開始時にオファーを受けていた役者であり、交代はスムーズだったようですね。

ちなみにこの番組ダーリンの他に、隣のクラビツ奥さん(しょっちゅう魔法を目撃するけど、旦那に信じてもらえない役どころでしたね)や、ラリーの奥さん役も途中で交代しています。

トリビアその2「タバサ役の女の子は大きくなってロック歌手になった」のはガセ
(長いなぁ)
タバサちゃんはエリン・マーフィーとダイアン・マーフィーという双子が演じていました。撮影が延びたりしたとき、ふたりだと便利だろう位の意味合いだったようです。

さて、時は流れて、37生が思春期まっただ中の中2の時、アメリカからあっと驚くロックバンドが登場します。
それが「ランナウェイズ」。名前は覚えていなくてても、ガーターベルトの下着姿で、♪チチチチチチチチ、チェリーボーンブ♪なんて歌っていた姿は、ほーら絶対覚えているはず。

この人たちね

で、このボーカルのシェリー・カーリーが、成長したタバサちゃんだという噂が、世界中をかけめぐり、今やほとんど事実として流布しているわけなのです。
試しに検索してみても、このネタはいくらでもヒットします。

ところがこれはガセなんですねぇ。本人が何度も否定しているとのこと。
どうやら、カーリーもまた双子であったためにそういう噂が出たようですが、当時「えっタバサちゃんってあんなになっちゃったんだ」「いったいなにがあったんだ」「アメリカってのは恐ろしい国だ」などと、心いためた37生は多かったですね。
まったくあの純情を返せであります。

さらにトリビアその3「いとこのセリーナは、エリザベス・モンゴメリーの二役」
・・・・・どうだ?
・・・・これも、気づいてる人は気づいてるよね。
でもわたしはこの間まで知りませんでした。

セリーナは、サマンサのいとこで、性格は正反対。奔放でいろいろ騒動を引き起こします。
なかなか色っぽい雰囲気のキャラクターなのですが、役者はパンドラ・スポックとクレジットされていたようです。
でも実は、演じていたのは、サマンサ役のエリザベス・モンゴメリーだったというわけなんです。

まぁ、わりとありがちなお遊びではありますが、モンゴメリーは実によく他人に化けてます。
何しろ撮影現場でスタッフが他人だと思ったって位らしいですから、なかなかのものでしょう。
もちろん37生には区別がつかず・・・・・わたしだけでしょうか?

他にもこのドラマにはいろいろな裏話があるようです。ファンサイトなどめぐってみると面白いですよ。
まぁとにかく、古き良きアメリカの、古き良きコメディーでございました。

「コンバット」についてはまた次回
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/03/23(木) 09:05:48|
  2. テレビ・ラジオ
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アメリカンドラマはお金持ち

37生が子供の頃、世間はまだまだ貧しくて、私たちは、うちのテレビがカラーになったとか、隣が車を買っただとかで、ささやかに盛り上がっておりました。
そんな清貧な日本人を、圧倒的な物量で幻惑したのが、アメリカドラマです。
当時、37生をわくわくさせたアメリカドラマは、星の数ほどありましたが、今回は、抱腹絶倒のコメディードラマの話をいたしましょう。

じつはこの間、ぼーっとケーブルテレビを見ていたら、やっていたんですよ。
「ルーシーショー」(37/'62年)
ルーシーことルシル・ボール主演の、シットコムですね。
いやー興奮しましたね。思わず見入ってしまいました。

ご存知だとは思いますが、ルーシーというのは2人の子持ちの未亡人。それがヴィヴィアンというルームメイトと一緒に住んでいるわけです。
で、まぁ素敵な男性に心ときめかせたり、銀行家のムーニーさんと絡んだり、なんだかんだいろいろな事件をまきおこすのですねぇ。

しかし、考えてみると、未亡人にしては広くていい部屋に住んでるわけですよ。
ポーイフレンドとのデートも、狩猟だったり、ゴルフだったりして、けっこうリッチ。
日本でふたりも子どもがいて、ご主人に先立たれた話となれば、ぜったい「細腕繁盛記」とか「渡る世間は」のテイストになるものねぇ。
何でこんなに明るいんでしょ。

思えば「奥様は魔女」(41/'66年)のスティーブンス夫妻も、夫のダーリンがただの広告屋のくせに、そうとう広いリビングの豪邸に住んでいました。
新婚の時から家持ちだし、車だってアメ車なんですって・・・これはあたりまえか。

「じゃじゃ馬億万長者」(37/'62年)にいたっては、田舎者が油田を当てて、本当の億万長者になる話。
そうそうこのドラマ、おじいさんが、射撃を外して、地面に当てたら石油がわくという、ものすごくあり得ない話なんですが、そうやって金持ちになる前は、田舎のボロ屋暮らしなのですね。
ところが、そのボロ家ですら、我が家より広かったわけで、まさにアメリカ恐るべしでありました。

もっとも例外もあります。
「人気家族パートリッジ」(46/'71年)では、人気を誇るロック歌手一家という設定にもかかわらず、ツアーにはマネージャーの運転するバスで行くし、次男は小遣い稼ぎに、人気者の兄の持ち物を売りさばいたりしています。
もっと金あるだろうと、今なら逆のツッコミを入れるところですね。
まぁしかし、未亡人で5人の子持ち(なんかこういう設定多いなぁ)で、自家用バスまで持ってるんだから充分かとも思いますがね。

そういえば配偶者をなくした同士が、それぞれ女の子3人と、男の子3人をつれて再婚するという、「ゆかいなブレディー家」(44/'69年)というコメディもありましたね。
8人家族で生活苦しくなかったのかしら?
ちなみにこの家族、なんとお手伝いさんまで雇っているんですよ。

とにもかくにも、この手のアメリカンコメディ、そんなリッチで素敵な設定のもと、実に能天気にドタバタをやってました。

もちろん日本でも、ドラマの中の人たちは、設定されたレベルより2ランクぐらい上の生活をしていることは、暗黙のお約束。
当時のアメリカドラマについても、単純にフィクションとしてみなければならないのでしょうが、見ている子供にそんな余裕はありませんからね。
アメリカってのは金持ちなんだぁと、明るい笑いとともに、しっかり刷り込まれ37生なのです。
・・・・・(つづく)・・・・・

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  1. 2006/03/19(日) 17:32:59|
  2. テレビ・ラジオ
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ドクターペッパーは違う味

「ドクターペッパー」が発売になったのは48/'73年、僕ら37生が小学5年の時でした。
今もって、この伝説の飲み物の"まずさ"は語り継がれていますが、一方で根強いファンも生んだことは意外と知られておりません。
知り合いの奥さんなんか、缶ジュースっていうとこれしか飲まないっていうんだから、びっくりですよ。
まぁ納豆とかブルーチーズと一緒で、慣れてしまうと癖になるんでしょうかね、もしかしたらある意味、大人の味なのかもしれません。

けれども5年生の管理人は、間違いなく子供でありました。

♪ドクターペッパーは違う味。変えなくっちや変えなくちゃ、今の気分にぴったりなのは、そうさドクターペッパー♪
なんていうCMはもっと後になってからだったな?
インディアンが♪ドークターペッパーって歌うCMもあったよな・・・。

まぁとにかく、なんか違うらしいという噂に誘われて、飲んでみましたよ。

そして
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・吐き出しました。

確かに違いました、そしてそれっきり飲んでません。

ところで同時期、この「ドクターペッパー」に対抗するようにとある製品が発売されていたことを知る人は多くありません。
「ドクターペッパー」と違って今は発売されていない、このまぼろしの飲み物。その名を「ミスターピブ」といいます。

この「ミスターピブ」何がすごいといって、味が「ドクターペッパー」と同じ(正確にはほぼ同じ)なのです。
しかも驚くべきことには、両方ともコカコーラが出していました。

こちらも一回飲んで吐き出して、以後飲んでおりません。

調べてみると、例えば、コーラといってもたくさん種類があるように、あの「ドクターペッパー」系の味の飲み物は、アメリカには山ほどあるというのです。
(アメリカ人の味覚はいったいどうなってるんでしょ?)
つまり、「コカコーラ」における「ペプシコーラ」のような関係で、「ドクターペッパー」と「ミスターピブ」があると、そういうことです。

清涼飲料水の販売権はなかなか複雑なようで、「ドクターペッパー」が東京コカコーラボトリング、「ミスターピブ」は日本コカコーラ社が販売、子会社に親会社が対抗したような形であったとか。
なんでもいいけど、さすがにこの味、国内に2種類は多かったようですね。

いっそあのまぼろしの企画「ペプシチャレンジ」のように、ラベルを隠して、どっちが美味い?って、やればよかったかも知れません。

さて、大人になった今、もう一度「ドクターペッパー」を試すべきかどうか、長いこと逡巡しております。
ビールだって、親父のコップから、こっそり飲んだ時はものすごく不味かったもんね^^
・・・・・(終わり)・・・・・

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  1. 2006/03/15(水) 08:16:52|
  2. 37生の毎日
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ファンタとかプラッシーとかチェリオとか

コメントをいただいたハナユビさんのブログで、懐かしい話題にぶつかったのですよ。
ハナユビさんの実家が米屋さんで、「プラッシー」を扱っていたというのですね。

「プラッシー」懐かしいですね。何でか知らないけどお米屋さんが配達してくれたんですねぇ。「お米屋さんでね!」ってCMがあったっけ。
調べてみると、製造元の武田製薬が酒屋に販路を持っていなかったので、代わりに開拓したのが米屋だったようですね。
ちなみに「プラッシー」というのはプラスC、つまりビタミンCの補助飲料なのですよ、さすが製薬会社だ。

で、プラッシーを思い出しちゃうと、次々と懐かしい飲み物の名前が思い出されてしまいまして、ついつい新しいエントリーを書いてしまうわけですね。

その「プラッシー」が37生の生まれるちょっと前、33/'58年に、発売となるのですが、ちょうどその同じ年、あの「ファンタ」が発売になっています。
「ファンタ」と言えば37生の子供の頃は、オレンジを飲むとオレンジに、グレープを飲めば紫に、舌が見事に染まってしまうという、体に悪そうな飲み物NO1でありました。
今思うによくぞあんなものを・・というくらい見事に染まりましたものね。
しかし当時は、炭酸入りのジュース飲料というのがあまりなかった時代ですし、何より他にも体に悪そうなものがたくさんありましたから、みんな気にしないで飲んでましたねぇ。うーん、ファンタスティック。

やがていつの間にか舌は染まらなくなり、ほかにもおいしそうな飲み物が、続々発売されるとともに、37生は徐々に「ファンタ」から離れていくことになります。
なんか子供っぽい飲み物に感じられていくのですね。「ファンタ?ださいぜ」ってなわけです。

しかしながら、個人的にはもう一度「ファンタ」に気持ちが向く時期が訪れるのです。
あれは確か高校生の時。
当時「ファンタレモン」というのが、関西限定発売だったのですよ。
で、埼玉県在住の管理人は、修学旅行で京都に言った際に、物珍しさにこれを飲みまくったわけです。
今みたいに日帰りでUSJへ、なんて時代じゃなかったですからね、ここで飲まなきゃ、二度と飲めないくらいの勢いですよ。
もともと、オレンジとグレープがあって、何でレモンがないのだと、常々思っておりましたから、お土産にも買ってしまったくらいです。
あのときは一生分のファンタを飲んだなぁ。

その「ファンタレモン」もやがて全国発売となり、さらには消えたり、復活したりしながら、今現在は出ていません。
諸行無常です。

ちなみに58年には、さらに「7up」ついで60年に「スプライト」63年「チェリオ」と、この時期、なつかしの(まだ現役だけど)飲み物は出そろっているのですね。

そんな中で、今ひとつ(いや正確には二つ)何とも忘れ得ぬ飲み物が登場します。
それについては次の記事で・・・。
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/03/14(火) 07:35:06|
  2. 37生の毎日
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リカちゃん電話

リカちゃんにまつわるもう一つ忘れられない思い出は、「リカちゃん電話」であります。
はい、あなたもかけたことがありますね。

37生の学生時代には、「これ、かけてね・・・」って言って、リカちゃん電話の番号を書いたメモを渡すという、たちの悪いいたずらが流行ったものですが、ふるえる指でダイヤルして、「こんにちはぁ!わたしリカ」なんて言われた日には、3日くらいは落ち込んでいたものです。
まだ携帯などという、情緒のない道具の蔓延する以前のお話です。

リカちゃんがなにを話していたのか、ぜんぜん覚えていませんが、当然テープ(テープって言葉も最近聞きませんね)に録音されたものが、まわっているだけ。
分かっているけど、三回くらい続けてかけてしまった管理人です。
なにせ37生が子供の頃は、まだまだ電話というのは、子供が勝手に触ったりしてはいけないものでした。なのに3回もかけちゃうなんて・・。
だから親の留守に隠れて聞いてましたね。ちょっと背徳の香りです。

さて、37生の小学校当時は、この手の電話サービスがけっこうあって、他にも「GIジョーダイヤル」なんてのがありました。
たしか戦場からの通信みたいな設定でしたよ。
「チェックメイトキングツーこちらホワイトロック」ってこれは「コンバット!」だな。
「ドイツ兵は強そうな顔をしているぞ」とか「これから橋を奪うのだ」だとか、戦闘前なのに妙に明るいマッチョな声で、語りかけていたものです。

ちなみに「GIジョー」はとっても高級なおもちゃだったので、当然わたしは持っていませんでした。
しかし戦闘服だの、小銃だの、あの小道具のリアルさは、リカちゃんの比ではなかったですな。時々おもちゃ屋のウィンドーで観察していたものです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、ここからは管理人のきわめて個人的な話。
そういったメジャー系な電話に混じって、当時埼玉県春日部市方面では、
××××-○○-1146にかけると駅前のキャバレーが提供していた、ムフフな電話が聞けたのですねぇ。ちなみに1146はイイヨル、いい夜のごろあわせでした、はい。
そこに掛けると、オネェさんが、「あぁわたしを奪って」とか言ってるの、今考えるとかわいいもんだけど、こいつは本当にドキドキでした。

以上個人的な話、終了。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

えーと、リカちゃんの話でしたね。
この「リカちゃん電話」実は根強い人気がありまして、いまでも存在しております。
「おっそいつはかけちゃおうかなぁ」というあなたに特別にお教えしましょう。

番号は03-3604-2000でございます。

ちなみにさっき35年ぶりくらいにチャレンジしてみたら、お友達のななみちゃんとリカちゃんがかけ合いで、ペットの美容サロンのお話をしてくれました。
至福の1分30秒でした。



・・・・・(終わり)・・・・・

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  1. 2006/03/08(水) 21:15:14|
  2. 流行り・アイテム編
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リカちゃんファミリー

男の子達が草野球だの、草サッカーだの、アウトドアにいそしんでいる時に、女の子は女の子で楽しく遊んでいたに違いありません。
なにをして遊んでいたのか、今ひとつ分からない管理人ですが、愚妹の様子など観察するに、たぶん間違いなくこれで遊んでたんだろうな。
それが「リカちゃん」です。

42/'67年タカラから発売になった、ロングラン商品ですね。
それに先立つお人形としては、アメリカ、マテル社のバービー人形があったわけですが、やはり外人は外人、バタ臭い顔は日本人の琴線に今ひとつ響かなかったようです。
日本的しもぶくれ顔のリカちゃんが発売されると、またたくまに大ヒット商品となります。

実はリカちゃんは4代に渡ってリニューアルされており、37生的には、初代が5歳の時に発売になり、2代目に切り替わったのが47/'72年で小学4年生の時です。
ここに4代それぞれの顔があります。
まぁどっちかが家にあったという37生は多いでしょう。
愚妹が持っておったのは2代目だな。フムフム。

ところでリカちゃんには実に細かい設定がされているのは有名な話ですね。
ちょっと書きだしてみると

リカちゃん(香山リカ)白樺学園5年生/11歳/142cm/34kg
ママ(香山織江)ファッションデザイナー/33歳
パパ(香山ピエール・ミラモンド)(フランス人ハーフ)音楽家/36歳
おばあちゃん(ミレーヌ・ミラモンド)(フランス人)スイス大使館勤務
おじいちゃん(アルベール・ミラモンド)(フランス人)外交官

ここでナゾなのは、パパはハーフで香山姓を名乗っているにもかかわらず、おじいちゃんもおばあちゃんもフランス人だということです。ミラモンド姓も捨てていないところを見ると、実はパパは生粋のフランス人で、ママと結婚するにさいして、香山家に養子に入ったと考えるべきでしょうか?
それともおばあちゃんが再婚しているとか・・・・?
いやいや奥が深いぞ。

その他、彼女には双子と三つ子の妹弟達や、お友達も多数存在していますが、ほとんどが37生とは時代がずれるので、ここには書きません。
じつは37生の頃には、まだファミリーも数少なかったのですね。(ママの登場が'44/
69年、パパはずっと後です)
ただ、ひっそり消えていった、「リカちゃんの姉リエちゃん」なんてのもいたようで、ますます奥の深い話ではあります。

とりあえず、37生的に思い出すのは「リカちゃんトリオ」でしょう。

♪リカちゃんトリオは仲良しだからー どーこへいくにもリカちゃんトーリーオー♪
ってCMソング、今も耳に残っております。

仲良しのいづみちゃんと、ボーイフレンドのわたる君。三角関係に陥らないか、やや不安ではありますが、とにかくトリオなんですねぇ。
(実はリカちゃん。いづみちゃんとは今も変わらずお友達なのですが、わたる君はふってしまって、今はかける君という子と付合っているようですよ)
しかしいづみちゃんはともかく、わたる君は♂であるわけで、当時男の子の人形というのは、なかなか画期的であったように思います。(ちなみに発売価格も他の2体よりちょっと高かった)

最初のころは、リカちゃんの設定もいい加減で、だから姉のリエちゃんが抹殺される事態になっているのですが、(リエの職業がスチュワーデスなのに、ママの年は33、いくつのときの子だよって、ツッコミが入ったんですね)
アイテムや、お友達が発売されるにしたがって、細かい世界観が作り上げられていったのですね。

うんうん、軽く流すつもりでしたが、この奥深いリカちゃん世界、もう少し追求してみましょう。
こちらは、参考までに。驚愕のリカちゃん

・・・・・(つづく)・・・・・

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  1. 2006/03/07(火) 22:13:53|
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スペクトルマンと宇宙猿人(B級ヒーロー 3)

「シルバー仮面」(今聞くとなんか老人のようですな)のタイトルが途中で変わったという話を前回書きましたが、タイトルが2度変わったB級ヒーローがいます。
それが「スペクトルマン」。46/'71年の放送です。

とりあえずこれがスペクトルマン

この作品、最初のタイトルはなんと「宇宙猿人ゴリ」。
すごいですよね。完全に敵役が主人公だったんですねぇ。
エンディンクテーマもゴリの歌なんです。
♪わたしはー、科学者ぁー、宇宙猿人、ゴリなのぉだぁー♪
これがなかなか、勇壮な音楽で、あなどれません。

さて、この放浪の天才科学者と、ただ一人の部下のラー(ふたりあわせてゴリラーですね、この時代にはありがちなことです)が、地球を狙うわけです。
対するスペクトルマンは、まぁ宇宙警察みたいなところから派遣されてきた、サイボーグです。

ゴリは、美しい地球を公害で破壊する人間が許せずに、侵略を始めてしまうという、いいやつなのか悪いやつなのか(もちろん悪いやつだけど)、よくわからない性格で、IQ300の天才ということになっています。
とにかくただの冷酷な悪人じゃないわけですね。

その後、さすがにヒーローが脇役じゃまずいということになったのか、タイトルは「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」、そしてとうとう最後には「スペクトルマン」というふうに完全逆転するのですが、初志貫徹して伝説を作るには、まだまだ時代が早すぎたということでしょう。

しかし一度は主役に据えただけあって、このゴリの存在感はなかなかでした。
造形は明らかにアメリカ映画「猿の惑星」(43/'68年)の影響を受けていましたが、出来の悪いラーを叱咤激励しながら、孤独に戦う(自分の星を追放されてるんですね)ゴリ。
失敗したラーを見捨てきれずに、攻撃を途中であきらめるシーンなど、今も記憶に残っております。

敵役にインパクトがあると言えば、
37生的には、実写ものだと古くは「マグマ大使」の「ゴア」。そして「仮面ライダー」の「死神博士」。マンガものだと「黄金バット」の「ナゾー」。「ガッチャマン」の「ベルクカッツェ」・・・・。
一癖も二癖もある面々がそろっているわけですが、主役より記憶に残る悪役というのは、そうはいないのではないでしょうか?
列記した敵役に、共通点があるのかないのかわかりませんが、とにかく悪役が輝いてこそのヒーローです。
そういう意味では、「スペクトルマン」A級アンチヒーローの作品だといえるでしょうね。
・・・・・(つづく)・・・・・

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  1. 2006/03/04(土) 23:42:21|
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ミラーマンとシルバー仮面(B級ヒーロー 2)

ヒーローというのは大きく二つに分類することができます。
すなわち、でかいやつと、等身大のやつです。
前者の代表がウルトラマン、後者が仮面ライダーですね。
前回の「変身忍者嵐」も「怪傑ライオン丸」も後者、すなわち人間とおんなじ大きさのヒーローです。では、巨大化するB級ヒーローにはどんなメンバーがいるのでしょうか?

まず「ミラーマン」は外せないでしょう。
↓彼ですね



46/'71年開始、小学3年の時です。

主人公、鏡京太郎は、二次元人の父と三次元人(すなわち普通の人間)の母との間に生まれた、次元を超えたハーフという、しょうもない生い立ちの人物なんですね。
二次元人の血を引いているので、平面である鏡の中を移動したり、自分の姿が映るものを使って変身したりできるんです。
しかし、この両親、どうやって子をなしたのか・・・・、あぁ大人っていやだ、汚れちまったぜ。

このヒーローを語る時に必ずでてくるキーワードは、「暗さ」と「弱さ」であります。
何しろ、鏡がないと変身できないので、しょっちゅう危機一髪の状況に陥るんです、一度などその状況に絶望して、自殺を図ったりしています。
しかも、第一回では自分がミラーマンであることを認めたがらずに、逃げ回ってるんですねぇ。
まったくヒーローにあるまじき姿であります。
この個人の葛藤みたいなテーマは、37生世代にはちと難しかったように思いますね。
(余談ながら「ミラーマン」の主題歌の中で、「敵の目を狙え」みたいなフレーズがあって、子供心になんて卑怯なのだろうと、突っ込んでいたわたしです・・やはりヒーローはすかっとしてなきゃね)

つづいては、その「ミラーマン」の裏番組「シルバー仮面」です。
関東では、完全にかぶってしまっていたようで、物理的にどちらかしか見ることができませんでした。(当然まだホームビデオなんかないもんね)
結果、お互い足を引っ張り合ったのは事実のようで、どっちか片方だったら、それなりに成功していたのかもしれません。

このヒーローの情けないのは、最初は仮面ライダー型の等身大ヒーローだったにもかかわらず、視聴率低迷からてこ入れが入り、後半は巨大化ヒーローになってしまったという、節操のなさでしょう。
何しろタイトルまで「シルバー仮面ジャイアント」になってるんですから・・。
話のつじつまをどう合わせたのか、詳細は不明ですが、なんだか唐突にでかくなった様です。
↓これは巨大化してからの姿




最初の設定は、けっこうしっかりしていて(父の残した発明を狙う宇宙人と戦う、遺児の話です)、一部マニアからは、シリアスなストーリー展開に高い評価がされているのですが、やっぱタイトル変えちゃいかんわな。

巨大化B級ヒーロー、まだまだ序の口です
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/03/03(金) 00:39:02|
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嵐とライオン丸(B級ヒーロー 1)

光あるところに陰がある。
まこと栄光の陰に数知れぬB級ヒーローの姿があった。
命を賭けて歴史を作った影の男たち
だが人よ、名を問うなかれ
闇に生まれ、闇に消える。それが、B級の定めなのだ。

というわけで,今回はB級ヒーローを斬る! なのであります。

思えば私たちは,ウルトラマンと仮面ライダーの間に隠れて存在した、数多くの亜流、物まね,パクリのB級ヒーローを見てまいりました。
その中には,独自のコンセプトで健闘したもの,ほとんど誰にも顧みられず,忘れ去られているものなど,様々の作品があるわけですが,今回はできるだけマイナーな,それでいてインパクトの強いヒーローを取り上げてみましょう。

まずは「変身忍者嵐」(47/'72年放送、37生は小学4年生です)
正直わたしは,この番組を見ていません,見ていませんが,こいつ顔が鷹なんですよ、それもけっこうデェフォルメの効いたやつ。



・・・ねっすごいでしょ。

いったいあれは何だったんでしょうか。調べてみるとなんと「改造人間」なんだそうです。(おいおい)
しかも敵の元締めは,あの仮面ライダーの死神博士役、天野英世がやってます。(こらこら)

どうも設定が、仮面ライダーのまんまパクリだったようなのです。
しかも後半では敵が、西洋妖怪と称して、ドラキュラだったり、フランケンだったりするわけで、こうなると忍者ものであるという、番組のオリジナリティーすら危ういのでした。

アイドルの林寛子が出演していたりして、それなりの人気はあったようですが、関東圏ではウルトラマンAの裏番組であったことも災いして、1年間で打ち切られています。

ところで当時、埼玉県,春日部市方面の小学校では,両手の指で嵐の顔を作るのが流行りましたが、知らないよねぇそんなこと。

・・・・・・・・・・・・・

さて、同時期に非常に似たようなコンセプトで放送されていたのが、「怪傑ライオン丸」です。
嵐が金曜で、ライオン丸は土曜です。連チャンで変身時代劇ものをやってたんですね。
放送開始も1週間しか違いません、これは偶然だったのでしょうか?
(余談ですが,子供の頃はずっと「解決ライオン丸」だと思ってました。それで、いろいろな事件を解決しまくるという・・・)

じつはこちらの番組も、わたし見ていません。(スイマセンです)
で,こいつの場合は顔がライオンなんです。しかもものすごくリアルなライオンで、レオのように真っ白ときたものです。
どうしたものかなぁ・・。

ライオンがマント着て,刀さしてるんですから、こちらのインパクトも,「嵐」と甲乙つけがたいものがありましたね。

この番組もなんだかんだいって人気があって、その後続編の「風雲ライオン丸」も作られています。(顔が茶色くなって、さらにリアル化)
この続編にいたっては,ライオンが西部劇風の馬車に乗って、放浪するというもので、もうこうなると,コメントに困りますね。

見ていないにもかかわらず、その姿だけは、今も脳裏にこびりつく2大忍者ヒーロー。
「赤影」以来、忍者ものというのは、日本ヒーロー界の、主流の一つなのですが、変身ものとの融合は、やっぱり無理があったよなぁ。
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/03/01(水) 23:03:12|
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昭和37年4月25日生まれ

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