昭和37年ブログ

昭和37年生の、昭和37年生による、昭和37年生のためのブログ

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BCL

1970年代、正確には48/'73年くらいからにわかにBCLブームというのがわき起こります。
37生の男の子たちは、たちまちこれに魅了されてしまい、一大ムーブメントとなりました。

BCLはビー・シー・エルと発音します。Broadcasting Listeningの略で、これだと「放送聴き」ですけれど、要は海外の短波ラジオ放送を聞くことで、ついでに相手に受信報告書を送って、お返しに「ベリカード」という受信確認証をもらう。まぁこれだけのことです。
じつはこの趣味、極めると、いい大人が南米辺りの小さな放送局を聞き当てるのに、血眼になって、庭にアンテナをたてたり、高額の受信機を購入したりする、じつに奥の深いものなのです。
しかし当時の37生は小学高学年。語学力も資金力も皆無なわけで、せいぜいが当時十数局あった、短波による海外の日本語放送を聞くことで、精一杯ではありました。

しかし、今考えるとBCLは、かっこいい受信機をいじるアイテム的喜び、必至で放送局を探り当てるゲーム的喜び、そしてベリカードを集めるコレクター的喜び、男の子の心をつかむすべてを兼ね備えた、最強の趣味でした。

まずは受信機。
BCLをやりたくても、短波ラジオがなければ話になりません。
48/'73年にソニーがBCL用のラジオとして、「スカイセンサー5800」という機種を発売してブームに火をつけるのですが、じつに100万台売れたといいます。(わたしももってました)
これは何がよかったって、デザインがかっこ良かったですねぇ。いかにも通信機みたいなブラックボディーに心ふるえたものです。
他にも松下のクーガシリーズなどがあって、性能を競っていました。
しかし、スカイセンサーの値段が当時20800円。結構な額で、小学生に手の出るものではなく、やはり親頼みでした。
クリスマスだの誕生日だのにかこつけて、37生は必至におねだりしたわけですね。
日本が豊かになり、そこそこ余裕も出てきた時代、これは37生にとって、金をかけてやる初めての趣味でもあったのです。

で、ラジオを買ったら「ラ製」(ラジオの製作)「初ラ」(初歩のラジオ)なんて雑誌を買って、アンテナを自作したり、チューニングのテクニックを学んだりします。
太陽黒点の活動が短波の受信に影響するとか、天気と電波状況には関係がないとか、まぁ、いろいろ知識を入れるのですね。
やがて上級機種のラジオには、周波数直読機能というのがついて、手探りでチューニングする必要がなくなるのですが、あのちょっとてでもダイヤルを動かしすぎると聞こえなくなってしまうドキドキ感は、まさにゲーム感覚でした。

最後がベリカードです。
これは、受信証明書といっても、ほとんどが絵はがきのようなもので、そのお国柄を反映した絵柄が、なかなか美しかった。
今と違って海外というものがまだまだ遠かった時代、生まれて初めての国際郵便を、このBCLを通じて経験した37生は多いはずです。(まだ、郵便局の受付で、船便ですか、航空便ですかと聞かれる時代だったなぁ)
ポストに初めての外国からの手紙を見つけた時の喜び、今も忘れられません。

いささかマニアックになりますが、この話はもう一回続きます。
・・・・・(つづく)・・・・・
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テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/31(火) 08:24:26|
  2. 流行り・趣味編
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サリーちゃんとアッコちゃん

小学生の夏休みとか、夕方5時くらいの時間帯には、いつもアニメの再放送がありましたね。
懐かしい番組はたくさんありますが、再放送数が群を抜いて多かった番組がいくつかあります。37生は物心つく頃からそれらを繰り返し見せられて、だいたい放送の頭を見ると展開を全部覚えてしまっている、というわけです。
代表的なのはなんといっても「巨人の星」だけれど、これについては後でじっくり書かせてもらうとして、今日取り上げたいのは「魔法使いサリー」と「ひみつのアッコちゃん」、今の世に脈々と連なる、魔女っ子ものの元祖です。

まずサリーちゃん。魔法の国からやってきた、ちょっとチャームな女の子であります。
41/'66年から43/'68年までの放送ですから、37生が小学校に入学する前に本放送は終わっておりました。
最初白黒で始まっているのですが、途中からカラーになります。白黒編はその後再放送されなかったということで、37生の知っているのはカラーオンリーでしょう。

魔法もののみならず、女の子もののアニメとしても先駆的な作品ですね。
魔法界のお姫様サリーちゃんが人間界で巻き起こす事件の数々・・・本当にいまだにこのパターンは不滅なのです。

前述のようにわたしは当時ほとんど内容を暗記してましたが、今となっては自信がありません。でも「給食の王様」の巻とか「ポニーの花園」の巻とかなつかしいなぁ。
当時何が琴線に触れたのかわかりませんが、意味もなく覚えているストーリーってあるものです。

ところでこのサリーちゃん、原作では当初サニーちゃんだったのだそうです。
なんでもそれが、例の日産サニーとの絡みで変更されたのだとか、
またサリーちゃんの弟の名はカブで、これはホンダのスーパーカブからきているなんていう説もあります。・・まめ知識でした。

一方のアッコちゃんはサリーちゃんの後番組です。44/'69年から45/'70年まで、原作が赤塚不二夫なのは有名ですね(ちなみにサリーちゃんは横山光輝、これもすごいな)
アッコちゃんの画期的なところはやはり魔法のコンパクトというアイテムを持ち込んだことでしょう。これも最近のプリキュアに至るまで受け継がれている手法。赤塚さんの先見の明には脱帽です。

このコンパクト、「テクマクマヤコン」と唱えて、何かに変身するのがメインの機能なんですが、どうもそれ以外のことも出来るようで、何かの回で、友禅染の職人が「あなたはいやなことをみんな忘れる」と唱えて、自分のデザインが盗用された(変身したアッコが着ていた)という疑問を忘れてしまう、というエピソードが出てきました。
でもそれが出来るなら、他にもいろいろやりようがあるのではないかと、子供心にちょっとつっこんだものでした。
ちなみに術を解くのは「ラミパス、ラミパス、ルルルルル」 鏡の国の言葉でさようならの意味。

二つの呪文とも、サリーちゃんの「マハリクマハリタ」に負けないインパクトのあるものを、と頭をひねって考えだされたものだそうです。
後に赤塚不二夫が、自分で考えたようにいっていますが、どうも脚本家の方が考案したようですね。

テクマクマヤコンに意味はないようですが、ラミパスラミパスの方はスーパーミラーをひっくり返したものだと、大学の時の友人に教えられてちょっとトリビア気分だったのを思い出しました。
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/30(月) 07:36:08|
  2. テレビ・ラジオ
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大入りダイヤルと番組たち

「欽ドン」を機にラジオの世界にはまっていったわたしですが、当時のニッポン放送は、文化放送やTBSラジオに比べてやや出力が低かったものの、なかなか面白い番組を流しておりました。

夜9時から12時くらいにかけて、様々な番組があったのですが、やがて50/'75年、中1の時には、全体をまとめて「大入りダイヤルまだ宵の口」としてパーソナリティーがつくかたちになりました。
初代のパーソナリティーは高島秀武アナ、一応公募で決めたということで、ヒゲタケと名乗ってました。名前を決める時はいくつかの候補の中から、テープ早回しで無作為に選ぶという趣向だったけれど、子供心に明らかなやらせでしたね。(だってヒゲタケ以外は、エロタケとか、ロッキード高島とか、そんなのばっかりだったものね)
その後パーソナリティーは、高橋良一、波多江孝文、塚越隆と局アナが起用されるのですが、それぞれ くり万太郎、はた金次郎、塚たんくろうの愛称でした。何で高橋良一がくり万太郎なのか未だ謎ですが、局アナに何らかニックネームをつけるのは、それ以前からのこの局の伝統のようです。

さて、その「大入りダイヤルまだ宵の口」(たしか「宵の口ワイド」って名前も記憶にあるのだけれど詳細はちょっと不明です)
中にどんな番組があったか、思い出すままに書いてみます。もしかしたら、宵の口とは別の番組もあるかもしれませんが・・。

「あおいくんと佐藤くん」
小学生の身には大人がふたりで何か話している印象でしたが、話していたのはなんと、あおい輝彦と佐藤公彦。当時20と23のふたりでした。

「かぜ耕士のたむたむたいむ」
かぜさん聞いてよ、ではじまる、ひたすらリスナーからのはがきを読む番組。これは面白かったです。じつはわたしの高校の文化祭に、かぜ耕士が来たことがありまして、番組の終了を嘆いていました。

「青春ど真ん中」
若き日の檀ふみと森本レオがおしゃべりしていた番組。これは検索してもほとんど出てこない、幻の番組ですね。まだ檀ふみが可憐だった・・・。

「夜のドラマハウス」
まだラジオドラマって分野が生きていたのですねぇ。わたしは「ベル薔薇」も「ガラスの仮面」もこの番組で知りました。

「ゼロの世界」
熊倉一雄の語りで始まる、一話完結、恐怖とサスペンスのラジオドラマ。
「あなたは信じますか? 今わたしの歩いてきた道を。過去でも、未来でも、現在でもない、ゼロの世界を。あなたの後ろを見てください、誰もいませんね・・・・。」
毎回これで始まるんだよなぁ。

「コッキーポップ」
たぶん宵の口が終わって深夜放送が始まるまでの時間帯に流れていた番組。中島みゆきから、アラジンまでヤマハのポプコン出身者の曲を流していました。大石吾朗のナレーションが懐かしい。「ちぎれかけた世界で、心と心をつなぐために、今、私たちの歌が、ここに、ある。」(ここで中島みゆきの「時代」がフェイドイン!)

「パンチパンチパンチ」
かの平凡パンチがスポンサーの、ちょっとエッチな番組。乱一世がやってました。
その後パンチガールとして、デビュー前の松田聖子が出たりしてましが、内容はずいぶんソフトになってつまらなかった思い出が・・・。

やがて中学生になると37生の多くは深夜放送にはまっていくのですが、それはまたいつか。
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/29(日) 08:00:10|
  2. テレビ・ラジオ
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欽ドン(ラジオ)

ラジオを聞き始めたのはいつですか?
わたしは小学5年です。きっかけはニッポン放送の「欽ちゃんのドンといってみよう」
いわずと知れた萩本欽一の大番組「欽ちゃんのドンとやってみよう」の元番組です。

テレビの番組はあまりに有名ですが、ラジオの方は当時、一部のカルト的人気に支えられた番組だったように思います。
ですから「欽ドン」と聞いたときに「いってみよう」と続けるのか、「やってみよう」と思い浮かべるのかで、その人の欽ドン体験がわかるわけです。

ラジオの欽ドンは47/'72年~54/'79年、前述のニッポン放送で流されていた番組です。
関東ローカルだったのか、他局にも流れていたのか、ちょっとわかりません。
(今検索してみたら、自分の地方はナイターの延長で、はがきを読まれたことを友達に気づいてもらえなかった、という話が出てきたので、全国放送だったのですね。)
37生、小4から高2の間のことです。

わたしは5年生のときに、友達から教えてもらって聞き始めました。いや面白かった。
夜中に自分の部屋でゲラゲラ笑ってました。

リスナー(当時は聴取者といいましたね)の投稿したギャグを紹介する形式で、日替わりでテーマが決まっていました。
覚えているのは「レコード大作戦」と「帰ってきた馬鹿」
前者はギャグの落ちをレコードの一節で決めるというもの、後者は、○○を○○している馬鹿、みたいな書き方でいろんな馬鹿を投稿するパターンでした。

はがきの内容もいくつか覚えていますが、今聞いてもどうということはないです。
ただあの時は新鮮だったし面白かった。
はがきの内容もさることながら、欽ちゃんがそれらを読むそばで、パジャマ党という謎の集団が笑っていたり、リスナーやスタッフをまでネタにして、楽屋落ちを共有してしまうというのは(勝田の馬鹿とか、ボテ腹しゅんじとか・・)画期的なことだったのです。

そうそう、パジャマ党。あれはどういう人なのかと、子供心に不思議に思っていたのですが、じつは欽ちゃんの構成作家集団だったのですね。
なんか欽ちゃんのところに居候して、馬鹿をやりながら暮らしている人々みたいな印象でしたね。

ともかくも当時の小学生にとっては、欽ドンではがきが読まれるというのは結構なステータスでした。
直接関係ありませんが37生が中1の時に朝日新聞に連載された、「偽原始人」という井上ひさしの小説にも、主人公がこの番組に投稿して、ちょっとした学校のヒーローになる場面が出てきます。
大人にはあまり知られませんでしたが、それなりにこの番組は、この当時のトレンドであったわけです。

やがて番組は、本を出したり、スペシャルのテレビ版を放送したりしながら、フジテレビのオバケ番組へと成長していくのですが、それはまたいつか書きます。
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/28(土) 09:17:17|
  2. テレビ・ラジオ
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ご飯給食

56/'82年1月22日は日本給食業界(どういう業界だ)にとって画期的な出来事がありました。
この年、学校給食導入35周年を記念して、全国一斉に給食メニューをカレーにしちゃおうという、ものすごい企画が立てられたのですね。
で、この計画は実行されたわけですが、こんなおいしい話に乗らない手はないと考えた、日本カレーライス業界(これはありそうだね)が、ちゃっかりこの日をカレーライスの日と制定。今に至るのです。

37生はこのとき既に高校卒業後。しかし、職員として学校で働く年齢にも達しておらず、この日のカレー給食を食べられた者は、全国的に皆無であったという、世代的幻の給食ですね。

給食に第三の主食、ご飯が正式に導入されたのは、51/'76年で、37生は中学2年。しかし実際にはそれ以前にかなりあちこちで出されていたようです。
わたしも小学校の高学年頃にはぼちぼち食べた思い出がありますし、米どころの地方では、もっと前から一般的だったといいます。

初めてご飯給食の出た日はよく覚えています。
確信はないのですが、最初はソフトめんみたいなパック入りの白米だったような気がします。←本当に確信ありません
メニューはカレーライスでした。いや感動的でしたね。カレーは今も昔も人気の高いメニューですが、とにかくうまかった。家で食べるカレーよりおいしいのはなぜだったのでしょうか?

それからしばらくの間は、ご飯は特別のメニューでしたが、やがて回数が増えるに従って目新しさも消え、普通のものになっていくのです。
献立も混ぜご飯になったり、ピラフみたいだったりと、だんだん広がっていきました。
いまはなんと週3回ご飯だそうです。残りがめんとパンですから、完全にメインの座を奪っているのですね。
昔はご飯を食べると馬鹿になるなどといわれていたらしいですから、隔世の感がありますね。
・・・・・(主食編 終わり)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/27(金) 07:30:40|
  2. 給食・主食編
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ソフトめん

給食の第二の主食
それが「ソフトめん」です。
これが給食に導入されたのは諸説ありますが、40/'65年のようです。ゆえに37生の入学時にはもう給食で確固たる地位を占めていたわけです。

驚いたことにこのソフトめん、パン食の学校給食に、このままでは麺がすたれると危機感を抱いた業界が、起死回生の切り札として投入した製品なのですね。
正式名称、ソフトスパゲッティー式麺。
おぉあれはうどんではなかったのか、パスタですか、そうですか。
ただののびきった麺だという説もありますが、まぁそれはそれ、給食に取り入れられると瞬く間に人気メニューとなりました。

思うにやはりパンだけでは、日本人の炭水化物好きを満足させられなかったのでしょう。
ご飯給食の登場にはまだ間があり(なんでも当時はお米を食べると馬鹿になるといわれてたらしいですよ)、目先の変わったこのうどん風スパゲッティーは、何かわたしたちのDNAに訴えるものがあったのです。

実際にカレーシチューに入れてよし、ミートソースに絡めてよし、うどんの汁に入れてよしと、もう無敵でしたね。
給食で何が一番うまかったかと聞かれれば、
どの献立にもそれぞれに素晴らしい思い出がありますが・・・・・・・めんです。なんといってもソフトめんです。
(↑一応ローマの休日のパロディなの)

ところが驚いたことにこのソフトめん、最近のガキどもにはあまり人気がないのだとか。

今や第三の主食の、ご飯ものに慣れきり、しかも、小さな時からカルボナーラだのボンゴレビアンキだの食している彼らは、あのもちもちというかべちゃべちゃというか、とにかくソフトめんの食感に耐えきれないということでしょうか?
なんでも封も開けずに捨てちゃう輩がいるらしいですよ。

学校でも、めんを特注にしたり、種類を増やしたりと、様々な工夫をしているとか、まったく贅沢な話です。

スバゲッティーにはミートソースとナポリタンしかなく、それも、デパートの食堂で食べるもので、家庭の食卓になんか並んだことがない。おじさんたちはそういう時代に育ったので、あれが嫌いだなんて子供は折檻しなくてはいかんと、そう思ってしまうのです。



↑食べてみたくなったらこちらで
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/26(木) 07:35:22|
  2. 給食・主食編
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食パンと揚げパン

給食の主食はいわずと知れたパン。
食パンは何枚でしたか?
あれは2枚なのだと思っていたら、3枚だったとの声もあるようで、ここでも地域性豊かなようですね。

枚数はとにかくも、これにパック詰めマーガリンってのが一番ベーシックな取り合わせです。
このマーガリンのバリエーションとして、わたしのところではイチゴジャムとマーマレードがありました。もう少し種類があってもいいかと思いますが、考えてみればジャムといったら100%イチゴジャムの時代ですからね。
中学くらいになると何やらチョコ味のペーストもあったように思いますが、ちょっと記憶が薄いです。

で、なぜだか知りませんが、小学校時代は休みの子がいると、この食パンとペースト類だけは、学校のプリントなんかと一緒に、近所の子が家に届けたものです。
食パンはそのうちパック詰めのものになったけれど、最初の頃は紙袋にいれて届けましたよね。

ところが、なぜだか知らないけれど、このパンやペースト類を机の中にためちゃう奴がいるんです。
終業式の頃に、そいつの机の中から出てくるパンは・・・・。
当然青カビ、黒カビで、正月の鏡餅状態です(こんなたとえ今では通用しないかな)
マーガリンなんて分離してるんですよ・・・・・・おお怖い。
パニックだったな、あの時は。

さて、パンといったら、やはり今では伝説になっている「揚げパン」を取り上げないわけにはいかないでしょう。
きな粉がけの憎い奴、妙に食べにくい形状だけれど、うまかったですねぇ。
そうそう、わたしのところではきな粉でしたが、あれは何をかけてもいいらしいので、他のものがかかっていたバージョンもあるかもしれません。

しかしあんなに人気があるのに、何で世の中で売っていないのか? これが謎なんです。
少なくとも、わたしがあの揚げパンを学校以外で見たのはただ一度、沖縄の国際通りの屋台でした。
おお揚げパンだぁと、思わず叫んだものでした。
そのときは時間がなくて食べられなかったので、本当にあの揚げパンなのか、定かではありませんが、ちょっと心残りです。

さて、パンと並ぶあの主食についてはまた明日。



↑食べたくなったらここ
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/25(水) 07:28:30|
  2. 給食・主食編
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給食のおかず 2

給食には自校式とセンター式があります。
要するに自分のところで作るか、どっかから運んで来るかなのですが、最初はやはり自前で作っていたところが多いようです。
そこで給食のおばさんの登場ですね。あれはだいたい近所のおばさんのパートだったりして、同級生のお母さんが給食を作っていたなんて話もありました。
3時間目の休み時間に、給食室をのぞきにいくと、おばさんが船のオールみたいなしゃもじで、巨大なお釜をかき回したりしていたものです。
自校式だと、いつでも作り立てで、ほかほか暖かい給食が食べられました。もっとも一度だけ、給食室の機材の故障で、給食が出来なかったなんていう事故もありましたが・・・・。

さて、おかず。
皿もののチャンピオンは、やはり「立田揚げ」でしょう。

クジラの立田揚げが今や伝説的なメニューですが、あの当時、あまりクジラを意識していなかったような気がします。
クジラなんかもう20年食べていませんが、ぱさぱさしてそんなにうまいものではないのですよね、料理的にいえば豚肉の立田揚げの方がはるかにうまい・・・。
まあ、わたしの好みはおくとして、今と違って単に値段が安いからクジラだったのでしょう。

とにかく当時は、立田揚げでもフライでも、揚げ物が出てくるとうれしかったものです・・・・あくまで好みですが。

しかし、いつでも好みのものが出てくるとは限らないわけで、たとえば、あの缶詰のみかんとわけのわからない寒天の入った、「フルーツポンチ」。
あれが出てくると、牛乳、お椀とあわせて、何で汁ものばかり三つ並べるんだと憤慨した覚えがあります。
あと何故だかレーズンの入っているサラダ。けっしてうまくはなかったなぁ。

育ち盛りのわたしは何よりタンパク質が欲しかったのですね。

おかずといえば、年に何度かスペシャルメニューがありましたね。
なぜだか3月3日にでた「ひなあられ」。そして2学期の終業式にでた小さな「バタークリームのケーキ」あれはクリスマスケーキだったんだろうな。
3学期の終業式の時、予算が余ったらしくて、妙に豪勢なメニューだったこともあったっけ。

東京、御徒町には給食当番という、昔の給食を食べさせる店もあるようですが、あなたがもう一度食べてみたい献立は何でしょうか?
・・・・・(おかず編 おわり)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/24(火) 08:25:39|
  2. 給食・おかず編
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給食のおかず

当時の給食はアルマイトの食器に先割れスプーンときまっておりました。
アルマイトというのはアルミの表面を酸化処理して強くしたもので、鈍い銀色で、軽くて丈夫なのが特徴。でも金属ですから、どうしてもあちこちへこんだりしてましたねぇ。

アルマイトは熱が伝わりやすいので手で持たない→犬食いになる
先割れスプーンはなんでもそれ一本ですませてしまう→箸の使い方を覚えない

という理由で、ふたつとも今やすっかり姿を消しています。特に先割れスプーンは絶滅状態で、今の子供は、みんな箸で給食を食べているようですね。
ちょっと驚きのこんな記事もありました

さて、食器にはお椀と皿とあって、おかずはお椀に汁物が一品、皿に揚げ物か、和え物か、あるいはサラダのようなものか、とにかく一品、というのが基本的なスタンスでした。
給食というのはけっこう地域差があるようですから、もっと質素だったとか、豪華だったとか、いろいろあるかと思いますが、とりあえずわたしの所はそんなでした。

で、汁物のほうは、昔も今も大人気の「カレースープ」とか、卵と椎茸が妙に印象的な「中華スープ」、あるいは和風の代表「けんちん汁」などなど。
多種多様だったのですが、わたしがよく覚えているのは「シチュー」と称するメニューですね。

これはホワイトシチューでもビーフシチューでもなく、ただのシチュー。ニンジンとじゃがいもと豚肉が少々、あとは妙に黄色っぽい油が浮いている一品でした。
国籍不明、質素で怪しいメニューで、なんだか刑務所(入ったことないけど)の飯みたいなイメージでしたね。
今にして思えばあれはあれでおいしかったわけで、特にちぎったパンを浸して食べると、これがなかなか美味だった。(ますます刑務所っぽい)
たぶんカレー粉が入らないカレーみたいなものだったんだろうけれど、学校出てから出会ってないなぁ、あんな食べ物。

けっこう無茶なメニューも平気で出した時代だったのかも知れません。

そういえば小学校の時、当番のいただきまーすのかけ声のあと、突然緊急放送があって、スープに虫が入っていたから注意しろ(食べるなではないところがいい時代だよね)といわれて、騒然としたことがあります。
クラス中で自分のお椀のなかから虫を探しまして、見事1ミリほどの甲虫が見つかった子が、羨望の目で見られたのでした。(中には椎茸を虫だと言い張った奴もいたっけな)

しかし当時のことです、あんな虫けっこう紛れ込んでたこともあるんじゃないかなぁ? 37生はけっこう気がつかずに食べていたりして。
まぁ、虫くらいで死にはしませんね^^
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/23(月) 19:54:39|
  2. 給食・おかず編
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首チョンパ

販促ものの白眉としておもちゃのカンヅメを紹介しましたが、わたしにはもう一つ忘れられない一品がありました。
それが「首チョンパ」

46/'71年、小学3年の時に、当時人気絶頂のドリフターズをキャラクターに、鉛筆メーカーのトンボが仕掛けたキャンペーンの景品。
銅の部分をぐっと握ると、空気の圧力で、メンバーの顔を模した頭部が飛び出すという、シンプルなおもちゃ。
それで首チョンパなのですね、しかしすごいネーミングだ。

kubi

これが首チョンパ。それにしてもみんな若いですね
あっまだ志村けんはいません。

これ、学校に持ってきたやつがいましたね。
トンボの「MONO」一ダースに一個、プレゼントなのですが、「MONO」は結構な高級品なんです。スタンダードな鉛筆の3倍くらいします。
シャープペンがまだ高級品だった時代、鉛筆の需要は今よりはるかにあったとはいえ、わざわざこの高い鉛筆を買ってまで手に入れたかったということは、子供にはかなり魅力的な一品だったといえるでしょう。

今でもよく覚えているくらいだから、わたしも欲しかったに違いないのですが、うちは貧しかったので、高い鉛筆は買ってもらえませんでした。
友達の持ってるやつを一回くらい貸してもらって飛ばしたかな・・・・加藤茶あたりを。

でも首が飛んじゃうんですよ。
首チョンパですよ。
今なら即刻どこかからクレームがつきそうなものですが、当時は何ともなかったのかなぁ? まぁのんびりした時代ですね。

というわけで、当時日本中で飛ばされていた首チョンパ、まだ大切に持っている人はいるのでしょうか?
今ではキャラクターによる差はあるにせよ(やっぱり長さんが高い)、一個10000円くらいで取引されるものもあるようです。物置の奥を探してみたらいかがでしょうか?
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/23(月) 07:44:50|
  2. 流行り・アイテム編
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数え歌、はやし歌、へんな歌

数え歌とか、はやし歌とかの分野もあります。

はやし歌というのは、

 ばかぁ かばぁ ○○ドン屋
 お前の母さんでーべーそ
 (一部自己規制^^)

こういう類いですね。あと

 みっちゃん、みちみち○○○して
 紙がないから手で拭いて
 もったいないから食べちゃった

とか、・・・・とてもちゃんとは書けません。

これは絵描き歌なんですが、

 川が流れて、山が逆立ち、エックス分かれみちー

わぁお、なんて下劣なんだぁ(わからない?やっぱり説明不可能)
こういうのは日本中にいくらでもあるんでしょうね。それにしても子供は意味もなく下ネタが好きです。

数え歌の方はたとえば、

 ひとつ、ひとりでするのを貫禄おならと申します。 とても臭いです
 ふたつ、ふたりでするのをダブルおならと申します。とてもにおいます
 みっつ、みんなでするのを集団おならと申します。とても響きます
 よっつ、よそいってやるのをよそいきおならと申します。とても失礼です
 (以下略)

あるいは

 ひとつひとよりはげがある ふたつふまれたはげがある
 みっつみにくいはげがある よっつよこにもはげがある
 いつついつでもはげがある むっつむかしのはげがある
 (以下略)とうでとうとうつるっぱげ

メロディーはあってないようなものです。
関係ないけれど、ちびまる子ちゃんのエンディングの
♪リンリンランランソーセージ、ハイハイハムじゃない っていうのは、さくらももこさん所のはやし歌の類いじゃないかと、かってに想像しているのですが、どうなんでしょうか?
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/22(日) 09:31:15|
  2. 流行り・遊び編
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サザエさん(替え歌)

サザエさんのテレビ放送は44/'69年、小学校入学の年です。
延々今まで続いてるんですから、もう感心するしかありませんね。
あまり長く続いたので、すっかりDNAに刷り込まれて、いまだにあのテーマソングを聴くと、あぁ日曜日が終わっちゃうと寂しい気持ちになる37生も多いとか。

さて、そのテーマソングの替え歌です。
わたしの知っているのは

お日様くわえたドラ猫、焼け死んで
お墓を作った、陽気なサザエさん
みんなが泣いてる、お日様は笑ってる
ルールルルルルー 今日も墓参り

なかなかシュールかつブラックですね。
ネットで調べたらこんなのもありました。

買い物しようと街まで 出かけたら
財布を忘れて スーパーで万引き
みんなが笑ってる おまわりさん怒ってる
ルールルルルルー 今日はろうや行き

いかんねぇ、犯罪者だよ。続いて

タンスに激突タラちゃん 鼻血ブー
タンスが倒れて タラちゃん下敷き
みんなが笑ってる タラちゃんもがいてる
ルールルルルルー 明日はお葬式

笑っちゃいけません、ていうかタラちゃん死んでるし、さらに

公衆便所に行ったら 紙がない
財布をあけたら 千円一枚
ふいたらもったいない ふかなきゃ帰れない
ルールルルルルー 今日は悲惨な日

お下劣です、でも子供は大好きですよね、こういうの。

わたしの知ってるのは、まだ元歌の韻を踏んでいたりするのですが、だんだん何でもありになってきてますね。
何か別のを知っている37生の方、ぜひコメントください。
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/21(土) 08:41:21|
  2. 流行り・遊び編
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瀬戸の花嫁(替え歌)

替え歌とか、数え歌とかありませんでした?
森とんかつ、泉にんにく♪って言うのは有名だけれど、ちょっと37生にははやめの流行ですね。(42/'67年・「ブルーシャトー」ジャッキー吉川とブルーコメッツ)

私たちの世代にストライクなのは、

瀬戸ワンタン
日暮れ天丼
夕波小波
あなたの島エビフライ
お嫁に行く海苔巻き

ってやつですね。

若いトンカツ
誰もがんもどき
心配するけれど
愛があるかラッキョウ
大丈夫なのりたま

と続きます。
「瀬戸の花嫁」57/'72年、4月の発売です。小3ですね。
その後、小柳ルミ子があんなになっちゃうとは、思いもしませんでしたが、これははやりましたねぇ。
少なくとも、埼玉県でははやりました。皆さんのところではいかがでしたか?
こういうのは地域性があって、となりの小学校に行くと、もう歌詞が微妙に違っていたりするものです。

特にバージョンが多いのは「サザエさん」みたいですね。
それについてはまた明日。
・・・・・(つづく)・・・・・

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  1. 2006/01/20(金) 07:52:44|
  2. 流行り・遊び編
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おもちゃのカンズメ 2

kanzume

おもちゃのカンヅメ

本当に缶切りで開けたのか、それとも違うかたちの缶だったのか、よく覚えていません。
資料をあさると、時代時代でいろんなパターンがあるようです。

で肝心の中身なのですが、
37生的には↑の画像にあるような、ものすごいのを想像したわけです、当然。
で、わくわくしながら家族中で見つめるなか、開けましたよ、そして・・・・・
・・・
・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・だまされたぁ。

ひどくしょぼいモノがでてきたのですよ。
今でも覚えているのは小さなプラスチックのコマですね。それも3つ入っていた。
あと何があったかなぁ。とにかくひとつひとつはグリコのおまけ以下だった覚えはあります。
あのCMにちらっと映っていた、蛇のおもちゃとか、なんか笛みたいなものとか、そういうわくわくするアイテムが、ぜんぜん入ってなかったんですね。

そういえば、男の子用と女の子用ってあったみたいだから、あれは女の子用だったのでしょうか?
それにしてもなぁ。

ただでもらえるものに期待してはいけないことを知った出来事でした。
・・・・・(おもちゃのカンヅメ・終わり)・・・・・

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  1. 2006/01/19(木) 07:48:26|
  2. 流行り・アイテム編
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おもちゃのカンズメ

販促ものというのがあります。
商品を買うとついてくるとか、王冠集めるとプレゼントとか、ラーメンの器に当たりがあるともう一杯とか(最後のは違いますね)、とにかくそういうおまけものですね。

この販促もの、だいたい、そんなもんいらねぇやというレベルが多いのですが、たまに広告マンがクリーンヒットを出して、ものすごーく欲しくなっちゃうものがあります。とくに子供の身には・・・。
で、われら37生の心をふるわせた販促ものといえば・・・「おもちゃのカンヅメ」
これしかありませんね。

いわずと知れた森永チョコボールの、金のエンゼル1枚か銀のエンゼル5枚、集めて送ればあーら素敵。
中身は秘密の、おもちゃが詰まったカンヅメが送られてくるという次第。
「中身が秘密」ってところがみそなんですよ。

たぶん田中星児の「モ・リ・ナ・ガ・チョッ・コ・ボーォル」という歌にのせて、おもちゃのカンヅメプレゼント!!ってCMだったんですが、ちらっと映るカンヅメからは、なにやらおもしろそうなものが、たくさんあふれ出ておりました。
ホントにちょっとしか映らないんですよ、これが。
いまだかつてこんなに、射幸心をあおるCMはなかったでしょう。

当然子供たちはチョコボールを買いに走ったわけです。キャンペーン開始は44/'69年。37生は小学校入学の年でした。
(ちなみに田中星児、最近は石井克人監督の茶の味という作品に出てます。探してみてね)

さて、この企画、今に至るまで続いているので、エンゼルを集めて、実際のカンヅメをゲットした37生も多いことでしょう。

ところでわたしは、銀のエンゼルには何度も出会っているのですが、金のエンゼルは一度も出したことがありません。
あれがいくつの割合ではいっているのかは不明なのですが、少なくとも金の方は相当レアだったのではないでしょうか?
時々引き当てた銀のエンゼルも、毎日チョコボールを買えるわけではないので、次に巡り会うまでには、どこかになくしてしまうという、とほほなことを繰り返し、結局自力ではカンヅメを手に入れられなかったのでした。

でも、わたしも秘密のかんづめの中身を知っています。
わたしと違って堅実な妹が、ちゃんと5枚集めて応募したのですね。
で、中に入っていたのは・・・・・・・
・・・・・(つづく)・・・・・

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  1. 2006/01/18(水) 08:16:42|
  2. 流行り・アイテム編
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アメリカンヨーヨーとアメリカンクラッカー

学校では時々訳のわからないものがはやります。
みんな取り付かれたように、学校に持参し、休み時間はそれ一色となり、1週間もすると忘れられる・・そんな流行ものの記憶を辿ってみましょう。

流行ものというのは、全国規模の社会現象となることもありますが、学校とかクラス単位のごくごく小範囲にとどまることもあります。
後者の場合はなかなか検証しにくいので、出来るだけメジャーな一品を考えていきましょう。

そこで、記念すべき第一回はアメリカンヨーヨーとアメリカンクラッカーです。
何てったってアメリカンです。メジャーでしょ^^

まずヨーヨー。
昔ながらのものと違って、ひもが輪になっていて、空回りするタイプですね。
ある時コカ・コーラ社が、製品のロゴ入りのものをプレゼントしたのですね(市販もしていたらしい)。
そして同時に全米ヨーヨーチャンピオンが、日本中の販売店を残らずまわるという、今にして思うとものすごいキャンペーンをはったのでした。
これは大ヒットでした。
なにしろ全国津々浦々にやって来る、驚愕の技を持つ赤いブレザーの外国人。これが嘘でもなんでもなく、うちのそばにも来たものねぇ。

わたし、てっきりこれは小学生の時だと思っていたのですが、調べると50/'75年のことなので、37生は中学1年です。
いやいや、でも確かに小学校の同級生とこれで遊んだ思い出が・・・・。

悩んでいたら、なんとこのアメリカンヨーヨー、それ以前から日本にあったのですね。
さらにコカ・コーラ社のは、正式名称ラッセルヨーヨーであることがわかりました(ものは一緒なんだけど)。
つまりそれまで、あちこちで局地的流行をしていたアメリカンヨーヨーと、大キャンペーンを行ったラッセルヨーヨーの記憶が一緒になっていたんですね。
うーん、納得。

でもこれはけっこう難しかった。
いろいろな技を繰り出す以前に、うまくやらないとヨーヨーが上がってこないんです。何事にも鍛錬が必要なわけで・・。
子供というのは、この手のものに、ものすごい熱意で技術習得に励むタイプと、すぐあきらめるタイプがいるのですが、わたしは後者でした、はい、ごめんなさい。
というわけで技術面の思い出は何もなしです・・orz。
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  1. 2006/01/17(火) 07:42:21|
  2. 流行り・アイテム編
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三角パック(テトラパック)

さてさて、牛乳編の最後は、忘れてならないパック入り牛乳です。
軽くてぐっとモダンでした。

特筆すべきはなんといってもその形状でしょう。正四面体=ピラミッド型=いわゆる三角パックですね。(正式名称テトラ・クラシックだそうです。ちなみに今一般的なのはテトラ・ブリック、でもテトラパックといえば三角の方ですね)
日本ではもう絶滅寸前で、この三角牛乳を発売しているのは1社だけなのだそうです。

わたしは小学校の後半がこの三角パックで、中学入学とともにもとの牛乳瓶に戻ってしまったため、このパックがいつ頃姿を消したものなのか、正直わかりません。
というか、小学校を卒業してから見ていないような気がしますねぇ。
ところが検索してみると、給食の世界ではなんと昭和の最後まで残っていたようです、もちろん地域差はあるでしょうが、これはすごいことですね。
学校ってのは時間が止まっているのか?

この三角パック、廃れた原因は、やはりそのユニークな形状ゆえの運びにくさだったようで、確かに妙にかさばった思い出があります。

そういえば、このパックを効率よくつめる六角形(八角形だったかしらん)のケースがあったのを覚えておられるでしょうか?
あれは、子供心にも、なかなかよく出来ているなと感心したものです。
(調べてみたら六角形で12個入りだったようですね。写真が見たかったけど、本家のテトラパック社が生産していないとのこと、しょうがないです。)

ちなみに三角パックはけっこう中身が詰まっているので、変に力を入れるとぴゅっと牛乳が飛ぶのですな。
ストロー穴のところのシールがうまくはがせないで、ふさがったままになってしまったときに、無理やりストローをさすと、よくこの事故が起こったもんです。
あと調子に乗って、奥までストローを突っ込むと出てこなくなったり、最後は空気を抜いて、きれいにたたんで(これに関しては今のブリックパックより優れてますね)捨てたり、なかなかいろんな思い出がよみがえりますね。

もう二度と見られないのだと思うと、ちょっと寂しい気のする一品です。
・・・・・(牛乳編おわり)・・・・・

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  1. 2006/01/16(月) 07:28:37|
  2. 給食・牛乳編
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ミルメーク

個人的な体験では、瓶入り牛乳は、小学低学年と中学時代。
なぜか間にパック入り牛乳が入りますが、これはまた後で。
とにかく重たかったですな。確か低学年の子の給食は、上級生が運んでいたような・・(記憶曖昧です)、瓶入り牛乳のケースをひっくり返して、大惨事をおこした37生も多かろうと思います。

ぜんぜん関係ありませんが、わたしは森永ホモ牛乳というネーミングで、世に「ホモ」と称する人たちがいることを知りました。
(もちろん雄の牛同士を結婚させて出来たのがホモ牛乳だというのは、欽ドンネタでして、本来はホモジナイズド=被均質化の略ですね)
kao.banner.gifちなみに彼、名前はホモちゃんというそうです・・・orz

さて、瓶牛乳を語る上で欠かせないのはミルメークの存在でしょう。ご存知、牛乳をコーヒー牛乳にかえてしまうという魔法の粉ですね。
むかしの瓶牛乳には、コーヒー牛乳のほか、フルーツ牛乳なんてのもあったのですが、栄養学的に嫌われて、給食には出ないという事情があったようで、それならということで、牛乳の栄養はそのまま残る、この製品の登場とあいなりました。

42/'67年発売だそうで、37生の入学時からずっとあったものですが、わたしは中学のときになって初めて見たような気がします。

調べてみると愛知の方で作ってるようですねぇ。もちろんまだ発売されてます。
当時はこれ、コーヒー味オンリーだったのですが、今はココアやイチゴはいうに及ばず、バナナ、メロン、抹茶までて出るんですねぇ。いやいや時代ですな。

これが出てくるとかならず周りからもらって、牛乳に2袋投入、濃いめの味にして飲んでいた同級生がいましたっけ、水に溶かしていたやつもいたけれど、どんな味だったのか。
またミルメーク以外にも、同様のコンセプトの食品は他社からも出ていたようですが、製品名など覚えている方がいたらコメントしてくださいね^^。



・・・・・(つづく)・・・・・

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  1. 2006/01/15(日) 09:06:11|
  2. 給食・牛乳編
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脱脂粉乳

さて、給食です。
調べてみると、給食の形態とか広がりとかは、ずいぶんと地域差があって、なかには給食というものに触れないまま、学校生活を終えてしまった37生の皆さんも、いらっしゃるようですね。

でもやはりわれわれの基本は、給食室でおばさんが作ってくれた、あのほかほかの献立。これですね。

で、今日はそのなかから牛乳について・・・(ほかほかじゃないやん)

まずい給食献立の代名詞となっている脱脂粉乳。
皆さん飲んだことありますか? わたしありません。
いや、正確には一度だけ、学校に上がる前に、兄貴(6つ上)が持ち帰ったものをうちで飲んだことがありますが、・・・・・鬼マズでした。

昭和40年代前半に姿を消していったということで、44/'69年入学の37生は、ギリギリ飲まずにすんだ方が多いようです。
大学生のときに聞いた話では、わたしの一つ年上の同級生(浪人してたのね)が、飲んだことがあるとか、ちなみに彼は熊本出身の子でしたね。

37生の世代では、食べられないものは、口にするまで残されたなんていう経験がある方もいらっしゃるのでしょうか?
ちなみにわたしのいた小学校ではいっさい強制なし。
残したいものはばんばん、あのアルマイト製の銀バケツに投げ込んでました。食育とか、あんまり難しいことはいわなかった時代のようで、そういう意味では幸せだったのかもしれません。

さて、元々アメリカでは牛のえさだったという、脱脂粉乳ですが、冷蔵庫の普及と、なにより"まずい"という声の大合唱で、普通牛乳との混合などをへて、姿を消します。

かわって登場したのが、おなじみの瓶入り牛乳。
飲んでるときに笑わせるのって、はやりませんでした?
口と鼻とがつながっていることを、体で覚えたできごとでしたね。
・・・・・(つづく)・・・・・

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  1. 2006/01/14(土) 08:47:37|
  2. 給食・牛乳編
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37生の有名人

資料編です。今回は学齢37生(37/'62年4月2日~38/'63年4月1日)の有名人を調べてみました。
意外なあの人は同級生だった?

歌手
沖田浩之 藤井フミヤ 高杢禎彦 久保田利伸 浜田朱里
コメント:歌謡曲的にはこの部門は小粒の感ありですね。37年3月にはあの松田聖子が生まれているのですが、学齢でいうと一つ上なのでした。フミヤと高杢はけんか別れ。


タレント
羽賀研二 宅八郎 川崎麻世 風見しんご 叶恭子 麻木久仁子 高木美保 香坂みゆき
コメント:しかし何ともいえないメンバーですねぇ・・・うーんなんともいえない。


お笑い
林家こぶ平 寺門ジモン 水道橋博士
コメント:個人的には嫌いじゃないメンバー。こぶ平は正蔵師匠になりました。


役者
天宮良 筧利夫 三上博史 宇梶剛士 風間トオル 
片桐はいり 藤谷美和子 山咲千里
コメント:けっこうアクが強いです。劇団出身者ばかり目につきますねぇ、面白い傾向です。遅咲きの宇梶、同い年だったか。


劇作家
野島伸司 松尾スズキ 平田オリザ
コメント:37生はなんと脚本家の宝庫なのです。上の役者とあわせて演劇系の人材が豊富なこと!!


作家
京極夏彦 俵万智 ナンシー関 中尊寺ゆつ子
コメント:中尊寺さんナンシーさんとも、既に鬼籍に入ってしまいました。合掌。


スポーツ選手
水戸泉 大乃国 秋山幸二 広沢克 愛甲猛 川合俊一 高田延彦
コメント:野球と相撲ですか、けっこうがんばってます。現役はなし。もう40過ぎだものね。
でも、一人くらいイチロークラスが欲しいですねぇ。まぁ大乃国は横綱だけど・・。


その他
谷川浩司 河内家菊水丸 ドリアン助川


総評:全体的に、トップランナー的な人が少なめですね、つう好みの人材が多いようです。テレビよりは舞台。歌手というよりシンガー。
一歩引いた感じかな・・・・でも渋さはないなぁ。


付録・外国人編
クエンティン・タランティーノ デミ・ムーア ジョディ・フォスター 
マイケル・ジョーダン トム・クルーズ

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  1. 2006/01/01(日) 19:28:53|
  2. 資料編
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37生の年表(中学・高校時代)


(昭和/西暦)
◇年齢・学年 ◆できごと
新製品
テレビ・ラジオ(放送の開始)
流行
50/'75
◇12-13歳 中学校入学 ◆沖縄海洋博 ベトナム戦争終結
使い捨てライター きのこの山 ハイチュー
フランダースの犬 カックラキン大放送 欽ちゃんのドンとやってみよう 大草原の小さな家 俺たちの旅
アンタあの娘のなんなのさ なごり雪 木綿のハンカチーフ
51/'76
◇13-14歳 中2 ◆ロッキード事件 5つ子誕生
焼きそばUFO
クイズダービー 俺たちの朝 クイズ・ドレミファドン
ピーナッツ 記憶にございません ビューティフル・サンデー 東村山音頭 ペッパー警部
52/'77
◇14-15歳 中3 ◆日航機ハイジャック事件 青酸コーラ事件 王貞治756号ホームラン
プリントゴッコ ビックリマンチョコ 
アメリカ横断ウルトラクイズ
話がピーマン 天は我らを見放した たたりじゃー UFO 勝手にしやがれ 暑中お見舞申し上げます
53/'78
◇15-16歳 高校入学 ◆成田空港開港 宮城沖地震 江川問題
ホカロン クレアラシル とんがりコーン
ザ、ベストテン 熱中時代 西遊記
竹の子族 口裂け女 ナンチャッテおじさん いい日旅立ち 与作 夏のお嬢さん
54/'79
◇16-17歳 高2 ◆神野寺トラ騒動 台風20号死者110人
ぶら下がり健康器 ウォークマン 超音波美顔器
機動戦士ガンダム 西部警察 3年B組金八先生
たいした、たまげた スペースインベーダー ウサギ小屋 熟年 いとしのエリー 関白宣言
55/'80
◇17-18歳 高3 ◆川治温泉火災 新宿バス放火事件
ルービック・キューブ チョロQ ポカリスエット
池中玄太80キロ 笑ってる場合ですよ
赤信号、みんなで渡ればこわくない ぶりっ子 そうでない方はそれなりに 哀愁でいと ランナウェイ テニーカーブルース
56/'81
◇18-19歳 高校卒業 ◆神戸ポートピア 北炭夕張ガス事故
ポスト・イット 雪見だいふく 中華三昧
おれたちひょうきん族 なるほど!ザ・ワールド 北の国から
なめ猫 んちゃ 粗大ゴミ ハエハエ、カカカ、キンチョール ルビーの指輪 白いパラソル セーラー服と機関銃

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  1. 2006/01/01(日) 18:09:44|
  2. 資料編
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37生の年表(小学校時代)


(昭和/西暦)
◇年齢・学年 ◆できごと
新製品
テレビ・ラジオ(放送の開始)
流行
44/'69
◇6-7歳 小学校入学 ◆月面着陸 安田講堂占拠 /37生ピカピカの1年生
アポロチョコレート ブルーレット
ひみつのアッコちゃん スタートレック サザエさん 柔道一直線 サインはV アタックNO1 セイ!ヤング 黒猫のタンゴ
あっと驚くタメゴロー オーモーレツ やったぜベイビー 野球拳
45/'70
◇7-8歳 小2 ◆よど号事件 公害問題 大阪万博 /まさに「20世紀少年」の頃です
ケンタッキーフライドチキン トミカ ホワイト&ホワイト
明日のジョー ハレンチ学園 おくさまは18歳 ネコジャラ市の11人
ディスカバリージャパン 鼻血ブー 違いがわかる男 ハヤシもあるでよ 走れコウタロー 戦争を知らない子供たち
46/'71
◇8-9歳 小3 ◆ドルショック 大久保清逮捕 ボーリングブーム /37生は小学校生活真っ盛り
カップヌードル キャラメルコーン
仮面ライダー おれは男だ! スター誕生!
ウーン、マンダム また逢う日まで わたしの城下町 空に太陽がある限り
47/'72
◇9-10歳 小4 ◆札幌オリンピック 浅間山荘事件 沖縄返還 /光化学スモックで学校は戦々恐々
いちごみるく
木枯らし紋次郎 セサミストリート 太陽にほえろ! 科学忍者隊ガッチャマン
恥ずかしながら さそり座の女 ひなげしの花 日の丸飛行隊
48/'73
10-11歳 ◇小5 ◆石油危機 金大中事件 日航機ハイジャック /そろそろ社会の動きにも興味を持ち始めた37生、でも超能力に夢中
オセロゲーム 筆ペン シュガーカット
ほんものは誰だ! なんでそうなるの 刑事コロンボ うわさのチャンネル!!
ちょっとだけよ うちのカミさんがね ツチノコ 恋のダイヤル6700 母に捧げるバラード
49/'74
11-12歳 ◇小6 ◆田中金脈問題 小野田さん帰還 狂乱物価 /女の子の一番大切なものって何だぁ? 悩み多き37生
蛍光ラインマーカー 3ドア冷蔵庫
アルプスの少女ハイジ 宇宙戦艦ヤマト 傷だらけの天使
幸福行き切符 巨人軍は永久に不滅です ストリーキング ひと夏の経験

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  1. 2006/01/01(日) 18:08:05|
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37生の年表(小学校入学以前)


(昭和/西暦)
◇年齢 ◆できごと
新製品
テレビ・ラジオ(放送の開始)
流行
37/'62
◇誕生 ◆三河島駅列車脱線で死者160人 堀江謙一のヨットによる単独世界一周 /あまり何もない穏やかな年、37生は誕生したのでした
バファリン リポビタンD バービー(輸入開始)
ベン・ケーシー てなもんや三度笠 コンバット! アベック歌合戦 じゃじゃ馬億万長者
わかっちゃいるけどやめられない
38/'63
◇0-1歳 ◆吉展ちゃん誘拐事件 ケネディ大統領暗殺 /37生はまだ赤ちゃん
コーンフレーク サインペン
鉄腕アトム 3分クッキング ルーシーショー 底抜け脱線ゲーム ロンパールーム 鉄人28号 狼少年ケン
インド人もびっくり 何である、アイデアル ぶたぶたこぶた、お腹がすいた
39/'64
◇1-2歳 ◆東京オリンピック開催 新幹線開通 /聖火リレーの日本縦断に立ち会った37生も多いはず
電卓 クリネックスティシュー かっぱえびせん
愛と死をみつめて トムとジェリー 逃亡者
シェー
40/'65
◇2-3歳 ◆アメリカがベトナム戦争に直接介入
カセットテープレコダー オロナミンC チョコボール
ザ・ガードマン オバケのQ太郎 ジャングル大帝 11PM
君といつまでも
41/'66
◇3-4歳 ◆ビートルズ来日 /リアルタイムに覚えていることがちらほら出てきますね
ママレモン サッポロ一番 明星チャルメラ ポッキー
ウルトラQ 奥様は魔女 サンダーバード ウルトラマン マグマ大使 魔法使いサリー
こまっちゃうな 全共闘 バラが咲いた
42/'67
◇4-5歳 ◆美濃部都知事誕生 /ようやく37生の記憶もしっかりしたころ
リカちゃん チョコフレーク
チャコねえちゃん 黄金バット コメットさん ウルトラセブン オールナイトニッポン
ミニスカート ナボナはお菓子のホームラン王です ブルーシャトー 帰ってきた酔っぱらい
43/'68
◇5-6歳 ◆3億円事件 /37生は初めて億という言葉を知ります
人生ゲーム 出前一丁 ボンカレー カール
巨人の星 サイボーグ009
おかあさーん、ハナマルキ ブルーライト横浜 恋の季節

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  1. 2006/01/01(日) 10:50:44|
  2. 資料編
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このブログについて

◆記憶の始まったところから、小学校(入学・44年/'69年)、中学校(50/'75)、高校(53/'78)ぐらいの間の、日常、流行ものなどについて、話題にしていきたいと思います。

◇基本的に管理人の記憶にたよって書いています。記憶違い、地域性による違いについては、どうぞご指摘ください。

◆年表記については(昭和/西暦)の形をとります。

◇37年は学齢です。37/'62年4月2日生まれから、38/'63年4月1日生まれの人たちです。
もちろん、それ以外の方も大歓迎です。大きく昭和30年代後半生まれの方のブログだと、お考えください。

◆同世代のゼネレーションアーカイブをめざします。コメント、リクエスト、情報提供など、大歓迎です。

追記 FC2ブログではトラックバックスパム対策で、記事にこちらのブログへのリンクがないTBを受け付けません。そのような場合は、お手数ですが、コメントの中に当該記事へのリンクを張っていただけると大いに助かります。
  1. 2006/01/01(日) 00:00:00|
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INDEX


揚げパン
遊び歌1
遊び歌2
アタックNO1
アップダウンクイズ
アメリカンクラッカー
アメリカンヨーヨー
アルマイトの食器と先割れスプーン
石立鉄男
ウルトラハンド
ウルトラマシン
NHK教育の番組(社会)
NHK教育テレビ(道徳)
NHK教育テレビ(理科)
NHK少年ドラマシリーズ1
NHK少年ドラマシリーズ2
NHK少年ドラマシリーズ3
遠足
大入りダイヤルまだ宵の口
大晦日
奥様は魔女
奥様は魔女 2
おもちゃのカンヅメ
おもちゃのカンヅメ2
お笑いマンガ道場

怪傑ライオン丸
科学と学習
がっちり買いまショウ
仮面ライダーカード
歌謡曲(小学校以前)
歌謡曲(小学校1)
歌謡曲(小学校2)
ガリ版
切手収集
カブトムシ売り
川口浩探検隊シリーズ
キャンデーズ
給食のおかず
給食のおかず2
教科書(ゼッケン67)
教科書(小さい白いにわとり)
巨人の星
巨人の星 2
巨人の星(必殺技)
欽ドン(ラジオ)
首チョンパ
クリスマス
光化学スモッグ
高校野球
高校野球 2
光線銃SP
ご飯給食
コンバット!

サインはV
サザエさん
札幌オリンピック
侍ジャイアンツ
GIジョー
時代とコース
自転車
シルバー仮面
白黒アニメ
ジャコビニ流星雨
じゃじゃ馬億万長者
新三人娘
人生ゲーム
スペクトルマン
スマートボール
瀬戸の花嫁
ソフトめん

タイムショック
太陽学園
駄菓子屋ゲーム
脱脂粉乳
タミヤミニタリーミニチュア
超能力
ツッパリ
テトラパック(三角パック)
電子ブロック
東京ボンバーズ
ドクターペッパー
図書室1
図書室2
図書室3

長嶋茂雄
日ペンの美子ちゃん
人気家族パートリッジ
ノストラダムス

ハリスの旋風
半ズボン
BCL
BCL 2
ひみつのアッコちゃん
ファンタ
フォーク
ブラモデル
ブルーワーカー
ベビーラーメン
ベルトクイズQ&Q
変身忍者嵐
ヘンな外人
ホームランバー
ボーリングゲーム

マジソンバッグ
松田聖子
魔法使いサリー
マルカワオレンジフーセンガム
マンガのエンディング 1
マンガのエンディング 2
マンガのくに
ミスターピブ
都こんぶ
ミュンヘンへの道
ミラーマン
ミルメーク
目方でドーン!

矢追純一UFOシリーズ
ヤクルト・エルビー・ローリー・マミー
ゆかいなブレディー家

ラブテスター
リカちゃん
リカちゃん 2
ルーシーショー
ローラーゲーム



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