昭和37年ブログ

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コレクションに目覚める頃

皆さーん、何かコレクションしてますか?
ものを集めるというのは、男の子の習性だそうで、
そういえば、お宝鑑定団なんかに出てくるコレクターはたいてい男性だったりします。

37生も小学校に入ると、いろんなものを集め始めます。
最初は何といっても仮面ライダーカードですよね。46/'71頃の発売、カルビーのライダースナックのおまけですね。
もう、クラス中これを集めていたわけです。

snack


これについては前も書いたことがあるけれど、仮面ライダースナックというのは大してうまくないんです。
一方おまけは魅力的ということで、子供がお菓子の方を捨ててしまって、社会問題になったくらいですね。

いわゆるトレーディングカードのハシリで、あたりカードでもらえる、カードアルバムがあこがれのアイテムでした。

他にも同じコンセプトで、プロ野球チップスというのがありまして、野球選手のカードを集めるんですが、これなんかそのまんまトレカですね。

pro

まだ売ってます


37生はお菓子のおまけで、コレクションに目覚めたといってもいいでしょう。

さて、いつまでもライダーカードばかり集めていられない37生は、いよいよ本格的コレクションを開始します。
当時、「キング・オブ・ホビー」の名をほしいままにしていたコレクションアイテム。
そう、切手収集です。

クラスに必ず何人かはいましたねぇ。

切手集めのいいところは、それぞれの財力に応じて、手軽に集められるということでしょうか。
当時は今にくらべて、はるかに手紙が行き来していた世の中でしたから、スタンプのおしてある屑切手なら結構手軽に集まったんですね。

国立公園シリーズとか、魚シリーズとか、オリンピック記念切手とかいろいろあったなぁ。
国体シリーズとかまだ出てるのかなぁ?

そうそう、コレクションに値段がつくということを知ったのも、この頃でした。
切手カタログというのがあって、この切手はいくら、あの切手はいくらと、値段が出てたわけです。

前島密(知ってる?)の頃の切手なんかも載っているんだけど、37生の心をとらえて放さなかったのは、
大判切手の「月と雁」そして「見返り美人」ですね。

kitte

画像小さいけど、これね。本当はかなり大きな切手


たいがいこれがカタログの最初の方に載っていて、けっこうなお値段がついていたわけです。
図版はいやという程見て覚えていますが(まぁそれ以前に名画だけど)、本物は今に至るまで見たことがありません。
調べてみたら、現在の取引価格は未使用の美品で12000円、2級品で6000円くらいなんですね。

なんかずいぶん安くなったなぁ。
それとも、あの頃からそのくらいで、単にわたしが大人の感覚になっただけなんですかね?
なんか10万円くらいしたような気がしたんだけど・・・。

ちなみに「月と雁」も「見返り美人」も、切手趣味週間シリーズという、多分年に1枚くらいずつ出されていた記念切手で、'48年と'49年の発行です。
37生の生まれるはるか前です。結構古かったんですね。

そうそう、わたし沖縄が返還された時の、旧琉球郵便の切手セットというのを持っていて、
「将来価値が出るから大切にするように」とオヤジに言われていたんだけど、あれどうなったかなぁ?

ryukyu

この絵柄も持ってます、価格がセントなのが泣けるでしょ


・・・・・・・・・・・
調べたら1枚100円以下ですね・・だめだこりゃ。
・・・・・(終わり)・・・・・
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  1. 2007/04/10(火) 10:31:26|
  2. 流行り・アイテム編
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37生のローテク玩具

さて、前回のハイテク玩具に続いて、もう少し構造のわかりやすい、いわゆるローテク玩具についてもちょっと考察してみようかというのが、今日のテーマ。
まずはいきなり画像を見て下さい。

honmono.jpg


はいこれ。そう、ローテクの極みマジックハンドですねぇ。

この玩具、正式には「ウルトラハンド」といいます。任天堂の製品ですが、バッタもの、パチものが山のように発売されてますんで、うちにあったものも本物だったかどうか・・・。
発売は41/'66年。37生は物心ついたときから知ってましたね。

この製品の優れているのは、ターゲットを掴んだら、手元に戻しても掴んだままっていう事です。(そりゃそうだ、戻したとたんに落としちゃったら、ぜんぜん使えないもんね)
でもね、バッタものは、アームをのばすと掴んで、縮めると放しちゃうんですよ。(あーうちのはそうだったという方、それは偽物です)

pachimono.jpg

つまりこれがバッタもの

まぁ冷静に考えて、実用としてはまったく使えないものなんですが、何ででしょうね、むちゃくちゃ欲しかったなぁ。
(もちろん、たとえそれがバッタものであっても・・・・です)

さらにウルトラといえばもう一点、こんなのもありましたね。




ご存知、「ウルトラマシン」だぁ。(画像は後続の「ウルトラマシンDX」の復刻版)

この機械、ゆっくりと回転する羽根が真下の位置に来ると、突然ビュッとスピードがついて、ピンポン玉のようなボールを打ち出します。
飛んで来たボールを、少年がプラスチックバットでナイスヒット。
ボールは台所で料理をするお母さんのもとへ。
卵と間違えて、ボールをフライパンの縁で割ろうとしたお母さんは、アラッと笑顔。
そんなCMが懐かしいですな。

きわめてシンプルな構造ながら、ありそうでなかったこの玩具、野球放送の折にさんざん宣伝を流したかいあって、たちまち大ヒット商品となったのでした。(43/'68年)
(たしかに日本の住宅事情から考えて、これで遊ぶと大迷惑だったんでしょうが、いったい世の中の、どれだけのお母さんが、ピンポン玉で目玉焼きを作ろうとしたのでありましょうか?)

さて「ウルトラマシーン」は、当時1480円というけっこうな高額だったにもかかわらず、140万個も出荷したという、オバケ商品です。
あんまりメジャーだったので、大人になってから本物のピッチングマシーンを見た時に、あの円盤ふたつでボールを押し出す形を見て、「こんなのピッチングマシーンじゃない」と思ったくらいですね。

ちなみにこのマシン、カーブなんかも投げる事が出来ました。
構造は回転する羽根の動きを微妙に調整して・・・なんてのは嘘。
ボールの方に溝を彫ってあるのですね。
コロンブスの卵的な発想です。
いいねー、ローテクだねー。

ところで先ほどの「ウルトラハンド」とウルトラつながりというのは、決して偶然ではありません。実はこの玩具も同じ任天堂の製品なのです。
どんなローテク製品にも、とりあえずウルトラとか、スーパーとかつけちゃうというのは、37生の生きた時代の特長でありました。

実は任天堂はもう一点「ウルトラスコープ」っていうのを発売してますが、これはいまいちヒットしなかったようてですね。
ちなみに潜望鏡の玩具で、この三つの中では一番ハイテクです。・・・・実用性のないのは一緒なんですがね。
・・・・・(終わり)・・・・・
  1. 2006/08/08(火) 17:10:58|
  2. 流行り・アイテム編
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37生のハイテク玩具

37生は物欲と戦った世代です。(て、前もどこかに書いたかな)
何やら面白そうな新製品が出るたびに、わたしたちは心躍らせました。
特に玩具。そりゃ子供なんだから無条件に欲しいわけです。

でも、当時の日本は(というか我が家は)貧しかった。クリスマスだの誕生日だの、しょっちゅう来るわけではありませんから、いくら欲しくてもそうそう手に入らないのですね。
にもかかわらず、技術立国ニッポンは、高価なハイテク玩具を次々繰り出してきました。
テレビで目新しいコマーシャルが流されるたび、37生はため息をついたのです。
というわけで、今日は欲しくて欲しくてたまらなかったハイテク玩具たちのお話。

いきなりマニアックなのですが、いまだに私の心に残っている玩具としては「ラブテスター」というのがありました。
形状は中学の理科の時間に使った電流計みたいな感じですね。
メーターがついていて、そこからコードが二本出ています。コードの端をふたりで握ると、カップルの相性がわかるという、代物です。
相性がいいと、針が大きく振れるんですねぇ。

発売されたのは44/'69年。小学校入学のころです。
うそ発見機みたいな原理らしく、要するに手に汗をかくと電気が流れるという、汗かきさんいらっしゃいな機械なのです。
別にその頃これを試してみたい子がいたとか、そんなませた話ではないのですが、なぜだろうなぁ、CMのみ、よーくおぼえています。
というか、白状すると現物は見た事がありません。

どうやらあんまり売れなかったらしいですが、ご存知の方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか?
今思うとあれがハイテク玩具のハシリだったんじゃないでしょうか。
lovetestar02.jpgこれがラブテスターだっ


さて、ハイテクといえば忘れてならないのが「光線銃SP」でしょう。
光線銃ですよ光線銃。
ピストルの銃身から光線が出て、壁掛けのルーレットの真ん中に当てると、ルーレットが回るんですよ。
これは欲しかったですねぇ。他にもライオンの目が光ったり(鳴くんだったっけか?)、ボトルが飛んだり、男の子の心を狙い撃ちでありました。

発売は45/'70年
幸い、この玩具はいとこの家にあって、わたしも遊ばせてもらいました。

実際やってみると、けっこう当てるのが難しかったですね。あんまり当たらないので最後はやけになって、的から5cm位のところまで持っていって、ルーレットをくるくる回していた覚えがあります。
これは作りが本物っぽいのがミソで、インテリアとしても置いておけるようなリアルさが、また子供心にかっこ良かったんだと思います。

構造は、今なら赤外線センサーとか、赤色レーザーでも使っているのかなと思いますが、光源はなんとただの豆電球。
どういう原理かわかりませんが、とにかく、素晴らしく先端的な玩具でしたね。
ただ予想通りというか、故障や初期不良も多かったようです。
発展形としてライフル銃なんかも出ましたが(室内でライフル銃ってのは無理あるよね)
凝っている分、発売元もあんまり儲からなかったのか、やがて消えていきました。

そして、ハイテク玩具のとどめを刺したのは、「電子ブロック」です。
これにはいくつかシリーズがあって、初代の電子ブロックは39/'64年から46/'71年、次代のSTシリーズが51/'76年まで、そのあとEX、FXと続きます。
37生的には小学校高学年の頃、例の学研の「科学」の裏表紙あたりによく広告が出ていた、STシリーズが懐かしいですね。

この玩具、発売元が学研なので、玩具というより、学習機器といった色合いが強いのですが、とにかくかっこ良かった。
ブロック状の部品を組み替えると、スピーカーだの、テスターだの、ラジオだの、いろんなものになるわけです。そうそう、あの「ラブテスター」も組めるんですよ。
またそのブロックというのが、透明のキューブで、まぁプラスチックだったんですが、37生の心の中では、クリスタルか何かのように思えたものです。
ほとんどSFの世界でしたね。

ただこいつも高かった。
今でいえば何万円、いや感覚的には、ん10万かな、パソコン買うくらいのインパクトはあったように思います。
近年EXシリーズが復刻されましたが、これはほしくても買えなかった元少年たちの、大人買いに期待したものであるようです。
みんな、さんざん物欲だけは刺激されていたんだなぁ。



↑大人買いする?
・・・・・(終わり)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/07/15(土) 14:22:39|
  2. 流行り・アイテム編
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10段変速が欲しかった

知っている方は教えていただきたいのですが、自転車のことをチュリンコというのは、どこかの方言ですか?
今はこの言い方けっこう全国区ですが、私が子供の頃はいいませんでしたねぇ。
はじめて聞いた時は、なんて田舎臭いものの言い方だと、あきれた記憶があるんですが・・・。

というわけで今日は自転車の話。

37生の子供の頃は、まだあの無骨な「そば屋の出前自転車」が現役だったわけです。
荷台がごっつくて、座るとお尻の痛くなるヤツですね。
ブレーキもワイヤーではなくて鉄の棒でつないであったっけ。(これが固いんだ)
で、ものすごく丈夫で、ものすごく重い車体は、とてもじゃないけど子供には扱えない代物でした。

とりあえずこんなヤツ
まだ三角乗りなんて言葉が生きていた時代ですね。

大人用の自転車がそんなですから、子供用といってもおしてて知るべし、まぁたいしたことはなかったわけです。

しかし、昭和40年代に入ると、この無味乾燥な自転車にも、いくつかの革命が起こってまいります。
様々の種類の車種が出て、自転車界も華やいでくるのです。
たとえばミニサイクル。後のママチャリのハシリですが、これはなかなかおしゃれなイメージだった。・・・そういえば3輪自転車なんてのもありましたね。

しかし、特に男の子達の心をとらえたのが「サイクリング車」ってやつです。
ぐっと前傾姿勢で,変速ギアがついてるんだなぁ。

とくにこれ。
45/'70年、小学2年生の頃に発売になった電気フラッシャー付き自転車であります。
これが意味もなくちかちかして、かっこ良かったねぇ。
確か単一電池を何本も入れているですよ。あっという間にバッテリー切れなんです・・・・。

クラスでもこんなのに乗っていたのは一人くらいでしたけれど、多分当時、これに憧れて手に入れられなかった少年達が、後年デコトラとかに走ったんだな。
うん、間違いない。

その後、男の子の自転車は、15段変速だのドロップハンドルなんかをへて進化、37生の中に、一部熱心なサイクリスト達を生んでいくのですが、原点はあのちかちかなんじゃないでしょうか?

なんでも豪華に、ごてごてしていく時代,かっこよさは、キッチュと背中合わせだったのです。
・・・・・(終わり)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/05/23(火) 08:38:35|
  2. 流行り・アイテム編
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あなたのマジソンバッグは本物か?

個人的な話ですが、管理人が中学校に入る頃、近くの洋品店で制服を作ると、おまけについてきたのが・・・「マジソンバッグ」です。
37生の中学入学が50/'75年、マジソンバッグの登場はなんと43/'68年だというのですからびっくりです。そんなに昔からあったんですねぇ。

まぁおまけについてきたくらいですから、管理人が手にした頃にはブームの峠を過ぎていたというべきでしょう。
調べてみると神戸(さすがあか抜けた所だよね)あたりから火がついて、おもに70年代前半に一世を風靡、10年間で2000万個のベストセラー商品なのだそうです。

わりと有名な話ですが、このバッグにはパチ物、バッタ物、要するに偽物があふれていました。
正規品はACE社の商品、これに対して一番メジャーな?類似品が、鷲のマークにUSAと書かれていた物で、商標以外はまったく同じデザイン、清々しいまでのパクリですね。
くらべてみると本物の方が生地が厚く、高かったわけですが、当然管理人がおまけにもらったのは、偽物の方でした。(まっしょうがないわな)

なんと前述の2000万という数字、ACEが売ったのは1000万だけだったそうで、あとはみんな偽です。当時はそういうことが普通の世の中でしたね、考えてみると・・・。

さすがに37生の頃は、圧倒的な数の前に陳腐なイメージもついてきましたが、手提げのボストンバックに横文字を配するパターンの、草分け商品でした。
ちなみにこれは日本のオリジナルデザインで、MADISON SQUARE GARDEN SPORTSMAN CLUB BOXING WRESLING FOOTBALLというロゴは、ACEの社長が考えたらしいです。
マジソンスクエアーガーデンというのは、実在の体育館施設で、プロレスの聖地なんだそうですよ。
ちなみにオフィシャルのHPを見てみると、ボクシングとレスリングはできても、フットボールは無理みたいですね。バスケットボールの間違いじゃないですかね?

madison

↑これがマジソンスクエアーガーデンだ

さてその後、ナイロン製のバッグはちょっと流行遅れになって、ビニール製の物が幅を利かせるようになります。
で、マジソバッグに取って代わったのが(ビニールのマジソンってのもあったけどね)「UCLA」バッグですな。

なんたってユニバーシティ・オブ・カリフォルニア・ロス・アンゼルスですからねぇ、ごっついロゴがいかにもアメリカの学校って感じだったんですが、多分アメリカ人の目には、とっても野暮なデザインだったんじゃないでしょうか?
これはデザインのバリエーションも多彩だったし、バック以外にも、トレーナーなんかがありました。
こちらのブランドは今でもあるみたいですが、当時とはかわってしまって、ずっと小振りで上品な感じになっています。

今はあんな感じのスポーツバッグってのはあまりはやりませんね。
どちらかといえばマジソンバッグのようなナイロン素材が復権していたりして・・
どちらにせよ、おじさんになった37生がもつにはちと辛いよなぁ。
・・・・・(終わり)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/04/06(木) 10:26:05|
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