昭和37年ブログ

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人生は「人生ゲーム」

突然ですが゜お宅には「人生ゲーム」ありましたか?
うちにはありました。

このブログの冒頭に固定してある記事にも写ってますね。

game5.jpg

これは多分友達のナゴヤ君のうちでとったのではあるまいか、
あのうちはお金持ちだった・・・。



そう、「人生ゲーム」こそ、あの頃、ここの家でもあそこの家でも、わりと節操なく所有していた、言わずと知れたボードゲームの定番ですね。

今でもアレンジを繰り返しながら発売されていて(そういえば、発売中止になった「堀江貴文監修版」なんてのもあったなぁ)、そういう意味では昭和というより、日本の大ベストセラーゲームです。

しかしこれ、もともと日本生まれじゃありませんね。

game6.jpg

なんせ「The game of life」ですからね。
ところで、この小さく写ってるおっさんは誰なんだ?


なんとこのゲーム。原型が出来たのは1860年、18世紀なんですね。
米国マサチューセッツで印刷業を営むミルトン・ブラッドレー氏が、
自ら考案した「THE CHECHERD GAME OF LIFE」を印刷し、発売したのがはじめなのだとか。

で、いきなり歴史をすっ飛ばして、その100年後、
1968年(昭和43)になって、ようやく日本版がタカラから発売になるのです。
これが37生のおなじみの、初代人生ゲームですね。
ちょうど小学校に入る直前くらいのことでありました。

ところで初代の(2代もそうなんだけど)特徴というのは、なんといってもアメリカ版の直訳だったということでしょう。
愚直なまでに、向こうのものを忠実に日本語訳してあるのですよ。

そのため盤面には、当時の日本人の感覚では???というようなマス目もたくさんありました。

   「にげたサーカスの象をみつけ$1,500もらう」
   「ウラニウム鉱山を発見$100,000もらう」
   「石油が出た」

すごいですね。一体なんなんでしょうか?

   「株があがった」
   「叔父がブタ箱に入れられて、保釈金をはらう」

今の時代でこそ一般的かもしれませんが、
これも、当時の日本の一般庶民の感性じゃないですよね。

   「貧しい人に$1,000寄付」
   「ミイラのコレクションを博物館に預けた」

これはアメリカらしいというのかなぁ
ちなみにコレクションを預けると$1,000とられます

極めつけは

   「火星から使者が来た」

うーん
なぜだか知りませんが、この使者にごちそうして$5,00はらうのですね。
わけわかりません。
もしかしたらアメリカンジョークなのかもしれませんが・・・。


まぁ37生はこのゲームで、架空のアメリカ人の人生を追体験したということでしょう。


ゲームでは自動車型のコマを使い、結婚、出産、火事、事故、お祝い、しかえし、などなど、波瀾万丈の出来事が繰り広げられます。
使われる株券とか生命保険、そしてドル紙幣などが、なかなかリアルだったのも、雰囲気を盛り上げてましたね。

そして運命の決算日がやってきます。

人生ゲームのコマーシャル、覚えてますか?
「億万長者になるか?貧乏農場にいくか?」

はい。決算日に借金を返せなかったり、優勝の目がないなと思ったプレーヤーは、起死回生の大勝負に出るのですね。
ルーレットを回して指定した数が出ないと、そのまま破産して貧乏農場送りとなるのです。
でもここで勝つと優勝も夢ではないと・・・。

いやー、いかにもアメリカですね。
今までの努力は何だったんだ的な、見事なラストです。

ちなみに貧乏農場ですが、あまりにインパクトの強いネーミングに、農家の方から苦情が出て、このあと「ゴーストタウン」に変更になります。
さらに極端にアメリカ的だった内容も、58/'83年発売の「3代目人生ゲーム」にいたって、ようやく日本独自の内容に改められたのだそうです。

今日に至るまで1000万セットを売り上げたという、オバケゲーム。
今になって思うと、意外とリアルな側面もあるのかも・・・・。
まだまだ楽しませてくれそうですね。




これは最新版、最近はこんなことになってるらしい


・・・・・(終わり)・・・・・
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テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2007/07/12(木) 20:27:47|
  2. 流行り・遊び編
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ボーリングとの遭遇

時は45/'70年
37生は8才、小学校2年生であります。
突然として日本にとあるブームが巻き起こります。
それが・・・・・・・・
ボーリングブーム。

♪律子さん 律子さん 中山律子さん

の、中山律子プロ
覚えていらっしゃいますか?
あれはシャンプーのコマーシャルでしたっけ?
ライバルに須田開代子プロなんてのもおりましたな、あと並木恵美子プロとか。

何でいきなりブームになったのかは謎ですが、彼女たち女子プロボーラーの影響力は大きかったんでしょうね、最初から男子は蚊帳の外みたいでしたから・・・。
(まぁミニスカートで投げる姿に、お父さんたちがドキドキしたという側面もあるのでしょう)

調べてみたら'69年に女子プロが結成されたばかりで、彼女たちは女子プロボーラーの一期生なんですね。(須田さんがライセンスNo1中山さんがNo2)
中山さんは当時27才、須田さんにいたっては30才を超えていたのだそうです。

rituko.jpg

こんな感じですね


さて、ブームが起きて、当時日本中にボーリング場が出来ました。
それも、私の住んでいた関東某県の地方都市ですら、二つも三つもあったのですね。
雨後の筍なんていいますが、本当に筍みたいに、あの屋上の巨大なボーリングピンが、にょきにょき林立したわけなんです。

なんと当時全国のボーリング場は、4000近くもあったといいます。
単純計算で各都道府県に100はあったことになりますから、そりゃぁ嫌でも目につきますね。
なんでも'70年終わりあたりに、スコアを自動計算する機械ができてから、ブームに拍車がかかったんだそうです。

そういえば、我が家がはじめてボーリングというものに出かけた時は、確かにスコアは手計算でしたね。
家族のだれも計算できないんで、ボーリング場の人がやってくれたのを、よーく覚えております。(計算が終わるまで勝敗が謎だったというのも、間抜けな話です)


ブームに乗って「美しきチャレンジャー」なんて番組も開始されました。(46/'71年)




おーこれこれ。モロボシダンがコーチ役なんだ


確か、例の大映ドラマ系のスポコンものだったと思いますが、あの頃同じようなドラマがたくさんあって、どうも内容は定かでありません。
ボーリングってドラマにするにはちと地味だからなぁ・・・でもお約束の魔球とか出てきたような気もします。



もっとも37生は、いくらブームでもレーンに通いつめるには、まだちょっと幼かった。

で、代わりにエポック社のパーフェクトボーリングや、もっと安い、プラスチックのボーリングゲームなんかで遊んでおりました。

pb.jpg

こんなのとか

21JTqc9UNtL._AA160_.jpg

こんなのですね


そうそうパーフェクトボーリングってのは、うちにもありましたねぇ。
ちなみに、貧乏だった我が家にあるってことは、それだけブームだったんだという証拠ですねぇ。どんだけーってやつです。
で、このゲーム。なかなかよく出来ていて、ボールがちゃんと手元に戻ってきたりします。
人形も結構リアルで好きだったなぁ。

それと中山さん、ここにも当然のごとく登場してまして、たしか中山律子のボーリング教室(完全うろ覚え)みたいな冊子がはいってました。



その後ボーリングバブルは、石油ショックとともにはじけ、郊外のボーリング場は、あっという間にショッピングセンターやゲームセンターなんかになってしまうのでありました。
人気の沸騰もすごかったっが、引くのも速かったわけです。

ボーリングが、その後も小ブームと、停滞を繰り返し、今日に至っているのはご存知の通り。
中山プロはまだ現役で、主に後進の指導にあたっておられるとか、須田プロは既に鬼籍に入られております。

ちょっと前までは、あの巨大な屋上のボーリングピンだけが、さびしく残っていたりするのを目撃したものですが、最近それも無くなりましたね。
37生的には、またちょっと昭和が遠のいて、ちょっと寂しい思いなのでした。

・・・・・(終わり)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2007/07/04(水) 09:08:21|
  2. 流行り・遊び編
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だるまさんが転んだ論争

「だるまさんが転んだ」って知ってますよね。
こういう遊びは日本全国共通かと思っていたのですが,そうでもないのです。

大学の時に,静岡から来た学生は言いました。
それはお前,「インディアンのふんどし」っていうんだよ。
なに?「インディアンのふんどし」?
話を聞くとルールは一緒です。・・・・・・・なるほど,同じ節回しで歌えるなぁ

そかそか、地域によって歌がかわるんだな。
と、一同感心していると,いきなり京都から来た学生が言ったのです。

なにゆうとるの、それなら「ぼんさんがへぇこいた」でしょ。
・・・・・・・おい,節も変わるんかい?

こどもの遊びというのは,どうもローカルルールが幅を利かせるようです。

じつは、前に書いた「数え歌、はやし歌、へんな歌」のエントリーに、やす様からコメントをいただきました。
それによると,大阪,守口市あたりでは、あの「泥警」も、節を付けてやるそうです。

「いろはにこんぺいとう。盗ってにげるは泥棒の子。それを追うのは巡査の子」
なんか楽しそうですよねぇ。

「泥警」は説明するまでもなく,泥棒チームと警察チームの鬼ごっこですが,うちの方では(関東です)黙ってやってました。
「泥警」という名前も,土地によって「警泥」だったり「巡泥」(巡査と泥棒)だったりするようですね。
他にもはやし歌をつけてやる地方は多いのでしょうか?
ご存知の方いらっしゃったら,ぜひ情報を寄せて下さいませ。

ところで,やす様によると、「靴隠しの歌」というのがあるそうです。
「靴隠しちゅうれんぼ。橋の下のネズミが草履をくわえてチュッチュクチュ。チュッチュクチュ饅頭はだれがくた。誰も食わないわしがくた。となりのおばはん三味線屋。裏から回って三軒目一二三」
おぉ,どうやって遊ぶんでしょうねぇ。

触発されて,思い出した遊び歌を一つ
「あーぶく立った煮え立った。煮えたかどうだか食べてみよ。
むしゃむしゃむしゃ。まだ煮えない。
あーぶく立った煮え立った。煮えたかどうだか食べてみよ。
むしゃむしゃむしゃ。もう煮えた。
ご飯食べて,お布団敷いて,寝ましょ。
とんとん。・・・・・何の音?・・・・風の音・・・・・あーよかった。
とんとん。・・・・・何の音?・・・・風の音・・・・・オバケの音。」

長いなぁ。でもご存知でしょ?
・・・・・(終わり)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/02/28(火) 21:00:12|
  2. 流行り・遊び編
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ローラーゲームと東京ボンバーズ

ローラーゲームとは何か?
子供の日のわたしは、ある時テレビで衝撃的なCMにであいます。
曰く「殴る!蹴る!つぶす!話題スポーツ、ローラーゲーム!!」
殴ったり、蹴ったりしている時点でスポーツじゃない気もするんだけれど、とにかくそんな過激なコピーでした。

やがて、カルトな番組を数多く放送してきた「東京12チャンネル」(現テレビ東京)で、「日米対抗ローラーゲーム」という番組が始まります。
47/'72年、4年生の時、毎週月曜日でした。(司会は土居まさる)
ちなみに当時の番組表を見てみると、

6:00マンガ大作戦 
6:15カバトット 
6:27キッド・ボックス
6:45マンガのくに
7:00きんきんケロンパ歌謡曲 
8:00日米対抗ローラーゲーム
9:00プレイガール
10:00外科医ギャノン

というラインナップです。(いや、本題に関係ないけど、むちゃくちゃ懐かしかったもので・・・)

さて、このスポーツ、1930年代のアメリカ生まれで、70年になってようやく日本に入ってきたものでした。
アイススケートのショートトラックくらいのリンクで、1チーム5人ずつ、2チームに別れて戦うもので、1分間に、攻撃側のジャマーというポジションの選手が、相手側の選手を何人抜けるかで、得点を争います。
当然、防御側は抜かれないように邪魔するわけで、そのせめぎ合いで「殴る、蹴る」になるのですね。

で日米対抗というからには、アメリカから、敵役のチームが乗り込んでくるのです。
「ニューヨーク・チーフス」「デトロイト・デビルス」「ボルチモア・キャッツ」なんてね。
一方迎え撃つのが「東京ボンバーズ」です。佐々木ヨーコとか小泉博なんて選手がいましたな。
これらのチームが、毎週格闘技まがいのゲームを見せていたわけで、ほとんど力道山vsシャープ兄弟の世界です。

しかもこの番組に触発されて、日本の子供の間では、一躍ローラースケートブームが巻き起こりるのですねぇ。
今の子供にローラースケートというと笑われるそうですが(インラインスケートというらしい)、あの頃はまだ靴の上に履くタイプ、自動車のような4輪のタイヤで、ガチャガチャ滑っていたものです。
当時はヘルメットも肘当てもなかったのに、コンクリートの上で、果敢にコーナーを責めてましたね。昔の子供は逞しかった。
その後も、未来世界を舞台にした「ローラーボール」なんていう映画が作られ(50/'75年)、日本のチームとして「ボンバーズ」が出演したりしていました。

しかし流行りものの常で、ブームはあっという間に過ぎ去り、76年には番組も終了、それとともに「ボンバーズ」も解散してしまいます。
本場アメリカでも、衰退していますが(市場調査をしたら、このスポーツのファンが、貧乏人ばかりだということが判明し、スポンサーが離れたのが原因だそうだ。資本主義恐るべし)、根強いファンは今でも各地に残っているそうです。

あの、すぐねじが緩んでしまう、下駄のようなローラースケートは、しまい込まれ、やがて忘れられてしまいます。
けれど世代的に、ローラースケートの上手い下手を問うならば、40代前半は間違いなく、日本人の中で一番上手に滑る年代なのです。
・・・・・(終わり)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/02/24(金) 09:17:14|
  2. 流行り・遊び編
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数え歌、はやし歌、へんな歌

数え歌とか、はやし歌とかの分野もあります。

はやし歌というのは、

 ばかぁ かばぁ ○○ドン屋
 お前の母さんでーべーそ
 (一部自己規制^^)

こういう類いですね。あと

 みっちゃん、みちみち○○○して
 紙がないから手で拭いて
 もったいないから食べちゃった

とか、・・・・とてもちゃんとは書けません。

これは絵描き歌なんですが、

 川が流れて、山が逆立ち、エックス分かれみちー

わぁお、なんて下劣なんだぁ(わからない?やっぱり説明不可能)
こういうのは日本中にいくらでもあるんでしょうね。それにしても子供は意味もなく下ネタが好きです。

数え歌の方はたとえば、

 ひとつ、ひとりでするのを貫禄おならと申します。 とても臭いです
 ふたつ、ふたりでするのをダブルおならと申します。とてもにおいます
 みっつ、みんなでするのを集団おならと申します。とても響きます
 よっつ、よそいってやるのをよそいきおならと申します。とても失礼です
 (以下略)

あるいは

 ひとつひとよりはげがある ふたつふまれたはげがある
 みっつみにくいはげがある よっつよこにもはげがある
 いつついつでもはげがある むっつむかしのはげがある
 (以下略)とうでとうとうつるっぱげ

メロディーはあってないようなものです。
関係ないけれど、ちびまる子ちゃんのエンディングの
♪リンリンランランソーセージ、ハイハイハムじゃない っていうのは、さくらももこさん所のはやし歌の類いじゃないかと、かってに想像しているのですが、どうなんでしょうか?
・・・・・(つづく)・・・・・

テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

  1. 2006/01/22(日) 09:31:15|
  2. 流行り・遊び編
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